第十話:「人としての喪失」
悪魔・デカラビアと契約を結び、新たな力を得たレオンは、その狂気に染まった自らを意識することもなく、荒廃した街をただ彷徨い続けた。かつての心優しい少年の姿はどこにもなく、冷徹で異様な闇のオーラを纏った存在と化していた。今や、彼の目には周囲の人間や風景がどう映っているのかすら定かではない。アルファスの声が心に響くも、それさえも遠い囁きにしか感じられなかった。
レオンは森を抜け、廃れた集落へと足を踏み入れた。集落の人々は、その異様な気配に気づき、瞬時に戦慄した。レオンの目はどこか空虚で、彼を人間だと認識するにはあまりにも異質だった。誰もが感じる、心臓を鷲掴みにされるような圧迫感が集落全体に広がり、子供たちさえも無意識に泣き出していた。
「お、お前は誰だ! ここで何をしようっていうんだ!」
勇気を振り絞り、年老いた村の指導者がレオンに声をかけた。しかし、返ってきたのは無言のままの冷笑と、次の瞬間には絶望的な閃光だった。レオンが手を軽く振ると、強大な闇の力が解き放たれ、村の中心部が一瞬にして破壊され尽くした。
「ひ、人が、消えて……」
人々の叫びが響くも、レオンは何も聞こえていないかのように、その場を淡々と歩き回り始めた。彼にとって、ただの力の誇示にすぎなかったが、周囲の人々にとっては自らの死が目前に迫る感覚だった。その中で、恐怖で泣き叫ぶ者、逃げ惑う者、そしてすでに諦めた者など、集落の人々の反応は様々だったが、どれも虚しく終わりを迎えた。
レオンが何人もの命を奪い続ける中、その場に現れた一人の少年が彼に向かって叫び声をあげた。
「お願いだ……俺たちに何の恨みがあるんだ!」
その叫びもまた、レオンの耳には届かなかった。彼の目には、ただ魂を奪い、力に変える対象でしかなく、少年に向けた視線も無機質なものだった。しかし、その少年の眼差しにはかつてのレオンが持っていた温かさや優しさが感じられた。少年の純粋な恐怖と絶望を前に、ほんの一瞬だけ、レオンの表情が歪んだ。
「……俺が求めたのは……」
レオンは静かに呟いた。しかし、その思考もすぐに消え去り、彼は再び闇の力を行使して少年の姿もまた闇の中に消し去った。
その夜、レオンは眠りについたが、その中で再び何もない空間に呼ばれた。そこには、彼の契約主であるデカラビアが冷ややかな表情で立っていた。デカラビアは無言のまま彼を見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「レオンよ、貴様は求めた力を手に入れ、思うがままに振る舞っている。だが、その代償として何を失ったのか、理解しているのか?」
レオンはその言葉に何かを感じつつも、冷たい表情のまま答えた。
「失った? そんなものは何もない。俺はこの世界で力を得て、すべてを支配するために戦っている。それ以外のことは……」
デカラビアは小さく笑いを漏らし、レオンを嘲るような目で見つめた。
「人間の心、それこそが貴様がかつて持っていたものだ。愛、憎しみ、喜び、悲しみ、すべてを感じる力……それはもう、貴様にはない」
その言葉にレオンは表情を一瞬歪ませたが、すぐに冷徹な笑みを浮かべた。
「俺にそんなものは必要ない。必要なのはただ、力だけだ」
デカラビアはその答えに満足そうに笑い、さらに近づいた。
「よかろう。その道を選び続ける限り、貴様にはさらなる力が待っている。しかし、代償を払い続ける覚悟がある限り、心の奥に残るわずかな後悔すらも飲み込まれることになるだろう」
そう言い残し、デカラビアの姿は再び闇の中へと消えていった。レオンはその言葉を受けながらも、己の選択に一抹の後悔すら抱かないまま、再び目を覚ました。
目覚めたレオンは、デカラビアの言葉を反芻しながらも、再び闇の中を進み続けた。もはや彼にとって、力を求めるための犠牲は何も気にする必要がなかった。彼が歩む道は、狂気と闇に満ちた冷酷な支配者への道であり、人としての心が失われた今、もはや迷うことはなかったのだ。
しかし、その背後で、今まで彼が奪ってきた命の無数の声が、彼に囁き続けていた。その声が彼の心にどう響くのか、それはまだ誰も知る由もない。
こうして、レオンは新たな悪魔の力を持って、さらに強大な敵や障害を打ち砕く覚悟を固めた。もはや彼を止めるものは誰もおらず、その心は冷酷で無慈悲な支配者へと近づいていくのだった。