(092) 岩井さんの友達募集
◇◇◇ 記者会見会場 ◇◇◇
時刻は13時40分。
続々と報道陣が場内へと押し寄せている。
テレビや大手新聞、雑誌、ネット関連と
幅広い層のメディアが集結されている。
余裕だと思われてた会場が報道陣でぎっしり。
主要なメディアだけ来てくれればという
想定でいたが、予想よりも遥かに上回ってる。
オイオイ前田の旦那。
素人コスプレの謝罪なんだぜ。
明らかにやり過ぎだよ。
これじゃ世界的大スターの記者会見だろ。
まぁいっか。
テレビで1万人を超える被害者が出てると
報じられてるんだ。
一部の人には、岩井さんも加担していた
という噂が広がっている。
それを払拭するにも、これくらい大事に
しておいた方がいいかもな。
会場裏では、社長、岩井さんがスタンバイし
オレと数名のスタッフが2人を見守ってる。
定刻に近づくにつれ、岩井さんの表情が
険しくなってる。
お腹の前で握る手に力が入って
震えているのが伺える。
「どうした。怖いか?」
「はい」
まぁ、確認するまでもない。
「先ほども説明したが嘘はつかなくていい。
全て本心で語りなさい。
これは謝罪会見だ。
ファンに対して謝罪する場であることを
忘れるな。
来ている取材陣はファンへ言葉を届けて
くれる人達くらいの認識でいい。
あと、はっきりと大きな声で言うこと」
「分かりました」
素直だな。余裕がないのだろう。
まぁ、ド緊張のままの方がいい。
笑顔でいられたら台無しだ。
「では定刻となりましたので
始めさせて頂きます」
という司会者からの挨拶で始まり、
社長と岩井さんが正面脇から登場し
檀上へと上がる。
2人がテーブルの中央で立ち留まると
そろって深々と頭を下げるのであった。
♪パシャ、パシャ、パシャ
もの凄いカメラのフラッシュ。
テレビで見るやつだ。
そして社長が口を開く
「この度は、緊急の記者会見にも関わらず、
お忙しい中、お集まり頂き感謝致します」
から始まり、所属タレント、ユーリについて
事件発生から現在に至るまでの流れを説明する。
岩井さんのタレント名は、契約時の
話し合いで『ユーリ』と決定した。
説明が終わると岩井さんが発言する。
「ファンの皆さん、ごめんなさい」
♪パシャ、パシャ、パシャ
見たくない光景だ。胸が締め付けられる。
岩井さんも被害者とは言え、アカウントを
奪われたのは彼女の不注意。
ここは誠意を持って謝るしかない。
「アカウントを乗っ取られたのは
私の不注意によって起こったことです。
ですので全ての責任は私にあります。
大勢の方にご迷惑をお掛けしました。
本当にすみませんでした」
♪パシャ、パシャ、パシャ
よく言った。偉いぞ。
ヤバいな、目頭が熱い。
こんな大事となった上で、自分に責任がある
なんて、大人だったって口にするのは難しい。
そんな発言を全国にしてしまったのだ。
凄く不安でいるだろう。
後は任せろ、オレがキミを絶対に守る。
岩井さんが頭を下げてる横で、社長が続く。
「ユーリが述べた通り、全責任は弊社
アーツファクトリにあります。
被害の皆さま方には、弊社が責任を
持って全額お返することをこの場を
お借りしてご報告いたします」
社長は続けて、被害者リストが手元にあること。
被害総額を把握できてることを付け加え
個別で対応すると説明。
そして、再発防止策としてユーリに関する
グッズ販売は、弊社のオフィシャルサイト
からしか購入できないよう限定するとした。
今後、他の販売サイトを見かけたら購入
しないよう注意喚起をしたのである。
また、ユーリの実名と実家住所がネットに
さらされてる件については、公開した人を
特定し法的処置を取るというのも発表した。
また、実家周辺で不審者が多数目撃されてる
件については、近隣から苦情が来ている
ことから近寄らないようお願いをした。
記者も踏まえ、悪質な者は捕らえて
警察に差し出すことも付け加えた。
またユーリの安全面を考慮し、しばらくは
事務所が用意した別の場所で移住して
頂くことも公表。
これにより実家へ近寄る者が急激に下がる
ものと推測される。
岩井さん自身にとってもこれがベスト
かも知れない。
岩井さんの家族構成は母親が居なく、
父親と2人暮らし。
その父親とは仲が悪いと聞く。
早く家を出たいと考えていたくらいだ。
なので、今回ちょうどよかったと言える。
以上で全ての説明が終わり、
取材陣への質疑応答タイムへ突入。
「XX新聞です。
ユーリさんはいつからアーツファクトリの
タレントになられたのでしょうか?
乗っ取られた時点では所属して
なかったかと思われますが」
想定していた質問が来た。
そこは、岩井さんの学校がバイト禁止で
あったことから、正式に公表してなく
実は1年前から所属となっていたと釈明。
これはこれで別の意味で問題だ。
だが、これしか思いつかなかった。
「テレビYYです。
詐欺集団と共犯なのではと噂が立って
おりますが、詐欺集団の中に知人が居た
というのは、事実ですか?」
反社の彼氏がいたと言いたいのだろうか?
そもそも共犯って、ネットの書き込みを
テレビが面白がって放送したから
世間に広まったんじゃねぇか。
噂を作ったのはお前らだろう。
ふざけんな。
「私には学校にも近所にも友達がいません。
またネットで特定の人と会話したことも
ないです。」
ハルキは?
オレのことは敢えて伏せてるのか。
それとも友達という認識ではない?
「イベントに行ったり、されてますよね?
その中に今回の詐欺に関係しそうな
人物に心当たりはありませんか?」
別の記者が割り込んで来た。
「はい。コスプレ仲間もいませんですし、
ファンには写真を撮られるくらいで
特に会話することもないです。
ですのでイベント関連で事件に関係してる
人がいるとは思えません」
「インスタのID、パスワードを
誰かに教えた記憶はありませんか?
または奪われた心当たりが
あったりしませんか?」
岩井さんは記者の質問に対し、
誠意をもって答えている。
その回答も、なかなか口に出し辛い内容
も含まれていた。
記者の質問を通じて、岩井さんという人物を
オレは誤解していたような気がする。
彼女はどこに居てもボッチなのだ。
学校でも、家でも、イベントでも。
女子が学校で、お昼を1人で食べてる姿を
想像するだけで目頭が熱くなる。
ピアノコンクールの時、お昼の公園で
楽しく食べてる岩井さんの表情が
フラッシュバックされる。
見方が変われば、感じ方も変わる。
急に岩井さんを愛おしく感じてきた。
これは恋なのか、それとも哀れみなのだろうか。
お節介だけど、岩井さんに
同性の友達を作ってあげたい。




