(089) 岩井さん、サインください
◇◇◇ アーツファクトリ ◇◇◇
ここは社長室。
オレと社長が密約を交わしてたところ。
♪コンコン
「社長!お取込み中、失礼します。
愛美梨が社長と会話したいと。
若い子も一緒です」
事務員の女性がアイミーが来た事を知らせる。
若い子とは岩井さんだ。
田中と岩井さんはまだ面識がない。
初対面となるが、どうなることやら。
ドキドキだ。
「ちょうどいいところ。入ってもらって」
社長の一声で事務員は扉を全開に開け、
手招きをする。
「失礼します」
「失礼します」
アイミーと岩井さんが社長室へと
足を踏み入れ、アイミーは動揺する。
どうやら、この場には社長しかいないと
思っていたようだ。
「お取り込み中でしたか?」
「いや、君たちに彼を紹介
しようと待っていたのだよ」
アイミーはオレを見て誰?って表情だ。
そうか、アイミーとも初対面になるのか。
岩井さんは、恐らくオレをスタッフと
勘違いしてるところかな。
では挨拶と行きますか。
岩井さんのリアクションが楽しみだ。
「初めまして、芸能関連の仕事を
しております田中と申します」
田中と聞いて岩井さんが反応した。
世の中、田中は大勢いる。
さぞ、確かめたいところだろうな。
「プロダクションTESの元社長を
務めておりました。
今後はみなさんと度々関わることとなる
でしょう。お見知りおきを」
「ハルキの知り合いの人って、
あなたでしたの。
TESってアーティスト
ユイさんがいる事務所じゃない」
オレは岩井さんに目線を向ける。
「初めまして。にはならないかな」
岩井さんは驚きのあまり一言も発してない。
そのリアクションいいねぇ。
恐らくこの場で、どこまで話して良いか
悩んでるのだろう。素晴らしい。
べらべらとしゃべられてはオレが困る。
「なぜ、ここに居るのかって
顔されてますよ」
「もしかして全てあなたの仕業なの?」
「どこからの事をおっしゃられてるかは
分かりかねませんが、あなたを
ここへ来るよう仕向けたのは私です」
「なぜ、私をここへ?」
さて、どう説明しますか。
「あなたにお礼をしたいからです」
「私にお礼?」
オレは、さも真実であるかのような
その場の作り話しを始めることに。
岩井さんのインスタを乗っ取った詐欺集団を
前々から追っていたことを告白。
理由は、過去にオレも被害者にあっている。
知人も騙されていることを挙げる。
だが、詐欺連中は巧みで用心深い、
携帯は使い捨てたり、口座を変えたりと
尻尾を捕らえることができないでいた。
そこへ、岩井さんの偽グッズサイトが
現れたのだ。
そのサイトを調べ、元を辿って行った
ところタイに行きついたという訳。
あとは現地の警察を使って彼らを
捕まえさせたという話にしてみた。
「岩井様のお陰です。感謝している」
ここで朗報を伝える。
彼らの押収品の中に、岩井さんのグッズを
購入した人のリストを発見したこと。
誰がいつ、いくら払ったかが把握できていること。
しかも、その振り込んだお金も取り返せた
ことも合わせて伝えたのである。
これで岩井さんは少し安心できたかな。
よくまぁ、こんなデタラメがスラスラと
口から出て来るものだと我ながら感心していまう。
「犯人が捕まったのは田中さんがやったの?」
「ここで1つ問題がありまして」
さらに作り話を続ける。
実は、振り込まれたお金は岩井さんの分
だけしか取り戻せてないということ強調。
捕まった彼らは組織の末端であって、
私も含め他の被害の振込金は、
全て上の組織へ流れたため取り返せなかった
ということも付け加えた。
「何が言いたいかというと。
詐欺集団から取り返したと
公に公表できないのです。
被害者たちが殺到しますので」
「なら岩井さんのファンだけ返金って
訳にはいかないね。
岩井さんの分だけ取り返せたとマスコミに
知れたらメディアが大騒ぎして
世間から更に白い目で見られることになるわ」
「解説ありがとう。愛美梨さんの言う通り」
そこで、オレのシナリオを説明する。
隠れみのとして、岩井さんは3月末まで
ここの所属タレントになってもらう。
もちろん正式に契約はしていただく。
この事務所が、被害者に対して返金する
という形をとる。
お金の出どころは、この事務所が
負担するという体裁だ。
「以上により、グッズ購入問題は
解決できるでしょう。
それにあたって、岩井様には
お願いしたいことが2つあります」
1つは、この事務所のタレントになること。
もう1つは、被害者救済の記者会見を開くので
岩井さんに社長と同席してもらいたい。
「どうです?お引き受け、頂けます?」
9割適当なのに、全てがうまくつながった。
説得力があると自負してる。
あとは岩井さん次第だ。
「岩井様が、ここで契約書のサインを
してくれれば記者会見の準備に移る。
会見は本日の午後だ」
岩井さんは悩んでるようだ。
当然だろう。
別の要件で来たのに、所属タレントに
なれと言われてるのだから。
オレ自身を信用してくれてるかどうかもある。
「他にも被害にあった方が居るのに
私だけが返金出来ていいのかな」
なるほど、引っかかってるのはそこか。
「あと1日遅れてたら岩井様の
分も取り返せてなかった。
運が良かったと思うしかない。
私の分だって取り戻せてない。
まぁ、私の場合は犯人が捕まって
満足してますが」
これでどうだ。
「返金したらファンに対しては
気持ちは楽になるも知れないが、
世間では共犯だの、管理がなってない
自業自得だと炎上中のままで
あることを忘れるな。
家の前にもアンチがうろうろしてるのだろう?
まず、他人を気にする前に
自分の名誉回復を優先しろ。
他人はそのあとだ」
どう?響いてくれ。
「そうですね。田中さんの言う通りかも」
ここでアイミーが背中を押してくる。
「経緯は置いといて、私は岩井さんが
うちのタレントになること大歓迎だよ。
今夜の収録だって楽しみにしてるんだから」
「契約したとして、来年の3月
以降はどうなりますか?」
「再契約になりますな。
お互いで話し合って合意が取れれば継続となる」
頼む。契約してくれ。
「私が記者会見に出ないとだめですか?」
そうだよ。
岩井さん自らが説明しないと響かない。
「勘違いするな。
世間に対して謝罪するんじゃないぞ。
メディアを通じてファンに対して謝罪するんだ。
それは岩井の言葉でなければ届かない。
あなたも被害者なんだから。
だが、まったく非がないわけではない。
心当たりあるだろう?
それは炎上が物語っている。
腹をくくれ!岩井友璃。
このチャンスを逃がすな!」
オレが熱くなってしまった。
頼むよ。オレが全力でサポートするから。
契約にサインしてくれ。
単に目の前の炎上を沈下させたい訳ではない。
岩井さんの未来も据えての策なんだよ。
岩井さんは深々と頭を下げる。
そして、そのままの姿勢で。
「サインは、ここでいいですか?」




