(008) 人生最後を迎えます②
「ちょっと待って!」
ついに堀北さんも立ち上がり2対2に。
クラスメイトは全員オレらに注目。
当事者であるオレと堀北さんを差し置いて、
しゃしゃり出る女とカイとで攻防戦が始まる。
「ここは私に任せて。
男子にはガツンと言ってやらないと。
特にこの2人は調子に乗るわよ」
お前、オレの何を知ってるんだよ。
今日、始めて会話するだろ。
「女子代表のつもり?
俺は一部始終見てたぜ。
適当なことぬかしてんじゃねぇ」
いいぞカイ、もっとやれ!
「かばう気?
なら、あなたも同罪よ」
「お前、現場見て言ってんだろうな?」
「見た人から聞いたのよ」
ほら、目立ちたいだけじゃん。
「はぁ!?そいつは誰だよ」
「運動部の仲いい子。
抱き付く前から嫌らしい目で
こっち見てたって言ってたわよ。
この変態!」
認めます。変態です。
いいじゃん見たって。減るもんじゃないし。
「もしかして、それも違うって言う気?
黙ってないで何か言いなさいよ」
この女、強ぇなぁ。
オレは社会的に抹殺されるな。
<<そうよそうよ、女子の敵!>>
ノノンさん?楽しんでませんか。
全てあなたのせいなんですよ。
オレも幽霊になって消えてぇ。
「もしかして事故だったなんて
言うんじゃないでしょうね?」
「言うよ。事故だよ。事故」
「抱き付いたのは事実でしょ。
どうなの?認めなさいよ、ねぇ」
はい事実です。しかも強引にやりました。
「堀北さんがハルの胸に飛び込んだから
ハグしただけのことだろう。
大げさに騒ぐな!」
カイくん?それは適当過ぎ。
「カイ、それは違うぞ」
「そうだよ違うよ。今のは間違いだよ。
っていうか、
ハルのために戦ってるんだろうが!」
「ごめんなさい。私に説明させて」
ついにしびれを切らしたか、
堀北さんが割り込んで来た。
「はい、皆さん!堀北さんに注目」
カイ止めてくれ!
これ以上、煽らないで。
オレのダメージが大きくなる。
クラス全員が堀北さんへ視線が集中する。
人生最大の山場です。
この大都会の真っ只中で
誰の記憶に残ることなく
ひっそりと生きて死んでゆく、
そんなオレのロードマップが破壊された。
この後、オレにどんな罰が下されるのか。
死刑台に一歩一歩登ってる気分です。
「抱きついたのは事実です」
ヒューヒューと男子達の掛け声。
お前ら全員、楽しんでるだろう?
ノノンはそんな目で見るな!
いざとなったら顔を変え、指紋を変えて
国外逃亡する。
「聞いてください。誤解なんです。
私の足元に変な虫がいて」
虫?
「ビックリして避けようとしたら
わたし倒れかけたんです。
そしたら細倉くんが、かばう様にして
私の下敷きになってくれたんです」
マジか。オレを助けてくれるの?
無理やり押し倒したんですよ。
「細倉くん、昨日はありがとう」
ちょっと待って。
罵倒されても文句を言えない立場です。
それが『ありがとう』だなんて。
ヤバい。泣きそう。
怒りを抑えて弁解してくれたのだろうか。
それとも事故だったと割り切ったのか。
どちらにしても明暗の岐路に立ってる。
人生谷あり谷あり、だと思ってたけど
良いこともあるんだな。
ここは堀北さんの発言を無駄にしてはならない。
ようやくオレの出番だ。
「信じてもらえないかもだけど。
堀北さんに怪我させないよう
抱き付いたんです」
「本当なの?堀北さん。
弱みを握られてるんじゃないの?」
口悪いな、お前。
どうしてもオレを犯罪者にしたいのか。
「証拠がある」
オレはネクタイをほどきシャツのボタンを外す。
更にTシャツも脱ぎ捨て上半身裸となった。
そして、この場のみんなに背中を見せたのである。
背中全体が、擦り傷で真っ赤なところをだ。
これでどうだ!
無理やり抱き付いた証拠にはならないが、
助けたという証拠にはなるだろう。
<<これは痛そう>>
「ちょっと背中、真っ赤じゃない。
昨日、消毒した?」
「いや何もしてない。
大したことないよ。これくらい」
「大したことあります」
堀北さんはスクールバッグからポーチを取り出す。
中には医療品が入っていた。
彼女はアスリートだ。
確かに常に持ち歩いてておかしくはない。
「座って!背中をこっちへ向けて」
どうやら傷を消毒してくれるらしい。
オレの犯罪を揉み消してくれた上に
手当してくれるだなんて。
堀北さんが眩しい。あなたこそ天使だ。
対してノノンは、オレの膝を椅子がわり
にして腰かけてやがる。
<<ハルの太もも心地良い>>
なんだこいつ。呑気なやつだ。
オレは死刑台に登らされてたんだぞ。
お前は悪魔じゃないのか。
つっかかってた女子は納得いかないご様子。
険しい顔つきで自席へと戻る。
あれだけオレに罵倒したんだ。
10倍返したいところではあるが、
堀北さんがいる手前、前言撤回されたら怖い。
ここは大人しくしとくのがベスト。
頼むから一生関わらないでくれ。
「痛てて」
「動かないで」
ありがとう堀北さん、助かったよ。
生きた心地がしなかった。
オレをかばってくれなかったら
ニートになってたと思うよ。
あなたは命の恩人です。
♪ガラガラ
担任の先生が入って来た。
もうそんな時間か。
「騒がしいな。席につけ!」
凍り付いた空間が一辺して穏やかな
雰囲気へと変貌する。
とりあえず裁判は取り下げてくれたのだろうか。
あの女子、怖いんですけど。
今日一日、堀北さんと仲良くしよう。
そうすれば誰も何も言って来ないだろう。
「そこ何してる?」
「オペ中でーす。
2人は無視してください」
カイは捨て台詞を言って立ち去る。
教室中に笑い声が響きわたるのであった。