(076) 岩井さんとデートします①
◇◇◇ 病院 ◇◇◇
時刻は午前6時。
オレはある大通りに面する歩道で立っている。
ある女性を待っているのだ。
ちなみに、乃々佳が入院してる病院は
目と鼻の先である。
「ごめん、待った?」
「すげぇ、待った!」
「そこは今来たところって言ってよ」
岩井さんだ。
一瞬、誰だが分からねぇ。
だってメガネを掛けるんだから。
セーラー服のメガネ女子。最高。
堀北さんから岩井さんに乗り換えそうだ。
「インテリな感じだね」
「どう?私って気付かれない?」
なるほど変装してきたのか。
あなた30万人のフォロワー抱えてるだっけ。
家出るとき大変だっただろう。
これなら街中でファンに遭遇しても
気付かれないだろう。
「待ち合わせ、早くない?
コンクール会場って遠いの?」
「ここから1時間半くらい」
「場所取りするの?」
「いや。
出来るだけ早く家から出して上げたかった
のと、ここの病院にクラスメイトが
入院してるんで、コンクール前に
お見舞いしとこうかと」
「えぇ、わたし関係なくない!?」
「家に居たくないんだろう?
つべこべ言わず付いて来い」
「ふぅん!?」
その流し目やめろ。
岩井さんはいつものように接するも
精神的にまいってるはずだ。
詐欺事件で被害者が1万人を越えてる。
彼女は相当ショックを受けてるだろう。
1人にしておくのが危険と判断し
デートに誘ったのだ。
オレのミッションは、今日一日、
岩井さんに詐欺事件を忘れさせること。
だが問題は彼女とどう接するかである。
優しく接すれば同情や無理してると捉えられ、
逆効果となる可能性もある。
なので、ぞんざいに扱うことにした。
少なくとも気を使ってるとは
思われないだろう。
「まだ病院開いてないけど。
面会なんて出来るの?」
面会時間は10時から16時。
普通ならできない。
「救急口からならいつでも入れるってさ。
実は昨日知った」
警備室で手続きを済ませ、すんなり入館できた。
院内は間接照明で薄暗く不気味だ。
「お化け屋敷みたいだな」
「本当に出そう」
岩井さんはオレに身体を密着させ、腕を組む。
絶対に離れないという強い意志を感じる。
それを確認し、彼女の顔を伺う。
「怖~い。こういうの好きでしょ?」
子ども扱いしやがって。
童貞を揺さぶるのがそんなに楽しいか。
だが悪い気はしない。
くっそ、完全にオレの負けだ。
病棟エリアに来ると顔見知りの
看護婦さんたちと出会う。
軽く会釈を交わして先へと進む。
ついに病室の前まで来た。
そこで岩井さんは患者の氏名に注目。
「茂木乃々佳さん?
クラスメイトって女子なの?」
「あぁ、伝えてなかったけ?」
「彼女?」
「分からん」
「はぐらかせないでよ」
「説明が長くなるから中で詳しく話す」
そして病室へと足を踏み入れる。
ゴージャスで広く、ベッドしかない
病室を見て岩井さんは目を丸くする。
いいリアクションだ。それを期待してた。
「こんな病室始めて見た。
茂木さんって、お嬢様なの?」
いいね、その反応も。
オレと同じ道を辿ってる。
「さぁ、オレも知りたい」
オレは乃々佳の側へと行き、語り掛ける。
「今日は友達を連れて来た。
岩井さん。カイと同じクラスの子だよ。
知ってるか?」
岩井さんの前ではノノンとは呼べない。
説明が面倒だから。
なので今日は、乃々佳と呼ぼう。
「寝てる?」
「そう、そういう病気らしい」
オレは、乃々佳の病気のこと。
オレに記憶がないこと。
同じ地元から一緒に転入して来たこと。
オレが知るノノン以外の情報を
全て岩井さんに打ち明けたのである。
そこまで細かく話すつもりはなかったが、
誰かに聞いて欲しかったんだろうな。
オレもダークサイドに陥てる可能性がある。
「乃々佳とは幼馴染と予想してる」
「実家に電話すれば早いじゃないの?」
電話しようとしたさ。やめたけど。
「両親に電話したら知らない人との
会話になりそうで怖い。
あとオレが記憶喪失だと知られて
心配掛けたなくないし」
「そっか」
「恐らく一時的だよ。
そのうち思い出すでしょ。
それよりも、乃々佳の病気とオレの記憶喪失が
関係してると思わないか?」
「それ!わたしも思った。
実はヤクザの紛争に巻き込まれて
ハルキと茂木さんが頭を強く叩かれたとか」
なるほどな。
「それでオレは記憶を失い。
乃々佳は意識を失ったと。
おぉ、真実に近づいたかも」
「私を巻き込まないでよ。お願いだから」
オレと岩井さんは顔を見合わせてクスクスと笑う。
岩井さんも感じが良い人だ。会話が楽しい。
話題は共通の知り合いであるカイとアイミー
で盛り上がった。
気付いたら3時間も会話してた。
もうこんな時間か。
時間が経つのってはやな。
「そろそろコンクール行こう」
病室を出て、オレ達はコンクール会場へと
向かうのであった。
◇◇◇ 不気味な部屋 ◇◇◇
都内にある棺が置かれた一室。
普段は人影がなく、誰も立ち入ることの
ないはずの部屋に珍しく1人の人物がいた。
彼は薄暗い部屋の中で、端末を前に座り
キーボードを使ってなにやら操作している。
どうやら調べ毎をしてるようだ。
何かを発見すると携帯を手にし電話を掛ける。
♪トゥルル、トゥルル
「崎田です。社長と連絡が取れますか?」
「いや、財務省で打合せ中だ。
戻りは午後になる。どうした?」
「やはり、晴海でも同じ事象が発生してます。
直ぐに再接続した方がいいですけど
どう致しましょう?」
「そちらは我々が勝手にやってはまずい。
社長の判断を待て」
「了解です。
それまでログを採取しておきます」
「頼む」
◇◇◇ コンクール会場 ◇◇◇
時刻は12時。
電車を乗り継ぎ、オレと岩井さんは
コンクール会場に到着した。
だがここで、いきなり大事件が勃発する。
なんと入場するのにお金が掛かるというのだ。
世間からしたら、大げさな話しで
どうでもいい事かも知れないが、
貧乏学生にとっては重大事件なのである。
無料だと思い込んでいた。
これは明らかにリサーチ不足である。
人生最大のミスだ。
入場料は1人1500円。
岩井さん合わせて3000円になる。
電車賃も掛かってるので出費がデカい。
コンクールはオレが誘ったのだ。
しかも今日はオモテナシすると決めた。
岩井さんの電車賃もオレが出してるので、
ここで入場料をもらう訳にはいかない。
財布を覗くと、所持金は約4千円しかない。
見なくても把握していたが念のため再確認。
ここは男として決断しなければならない。
大企業が1000臆円規模のプロジェクトを
実施するか否かの決断を経営陣がしようと
してるのと同じ感覚だ。
選択肢はなく、答えは出ている。
長引かせるだけ見っともないだけだ。
財布から勇気をだして3千円を取り出し、
震える手で2枚のチケットを購入したのである。
英断の判断だったと言えよう。
残金は、帰りの電車賃くらいしか残ってない。
「チケット買ったぞ」
そのとき岩井さんは携帯を眺め青ざめていた。
「あ!」
オレは、岩井さんから携帯を取り上げ
「没収」
電源を強制的に落す。
「今日一日、携帯見るの禁止。
これはオレが預かっておく」
「緊急の電話が来るかもだよ」
「かもな。でも悪いニュースだ。
だから今日は見るな」
「わかりました」
オレは、チケットを岩井さんに渡し入場。
プログラムを見て篠崎さんの出演順を確認。
3番目、14時ジャストであった。
半券を持っていれば再入場は可能とのこと。
お腹が空いたということで、
お昼を食べるため外へと出る。
さて困った。お金がない。
帰りの電車賃しか残ってない。
目が泳ぎまくってる。
さぁ、どうしよう。




