(052) テスト4日目
◇◇◇ 学校の寮 ◇◇◇
時刻は23時。
昨日とほぼ同じ時間に帰宅。
<<楽しかったね>>
ノノンが楽しかったなら、それでいい。
オレは茶髪コンビに罵倒され表情には
現さないがダメージを受けている。
しかし腹減った。
夕飯が無いのは、しんどい。
あと1日のガマン。
今日の昼は堀北さんのお陰で
腹いっぱい食べられたからラッキーだった。
堀北ママが作ってくれたお弁当。
口には出してないが、味は普通。
オニギリ、から揚げ、ウインナーなど
の定番メニューだったので想像通りの味であった。
なので不味くもない。
オレとカイで競うように食べ、
1つ残らず綺麗に食べきったから
堀北さんに喜んでもらえたけど、
もしかしたら堀北さんの分まで
食べてしまった可能性はある。
堀北ファーストでなければならないのに。
何してるんだオレは。
明日は気を付けないと。
トレーニングは良い感じである。
堀北さんの場合は、スピード種目で
どれだけ上位に食い込めるかで
全国への切符が決まる。
今日の練習でやれるべきことは全てやった。
大会で自己ベストを越えそうな感触は得てる。
明日でどれだけ精度を上げられるかだ。
希望が見えてきた瞬間である。
だが、不安材料が現れた。
去年の怪我が完治してない、というのだ。
この事は直接堀北さんから聞いたのではない。
茶髪の片方である美沙から告げられたものだ。
堀北さんが練習場所をジムの室内へ移動した際、
スピードの練習をする美沙と優香の
サポート役としてオレが手伝うこととなった。
やることは堀北さんと同じで命綱をもつだけ。
正確にはそれだけではないのだが。
最初はお互い無言のまま作業していたが、
2人が休憩中に美沙が話しかけてきたのである。
「凛心先輩が左手首怪我してるって
知ってます!?」
オイオイ、唐突にキレ気味で言うな!
あなた、怖ぇよ。
「怪我?知りません。
怪我してるようには見えないけど」
昨日から練習見てるけど、
痛そうなそぶりは感じなかった。
「知りません、じゃ済まされません。もう!」
だから怒るなよ。
オレが何したんだ。
「手首に負荷かけないように
ムーブしてるじゃないですか」
そうなの?
そんな細かいところまで気付かんよ。
細い足だなって見てましたけど。
これ口に出したら殴られるやつだ。
「練習はセーブしてるからいいですけど、
本番はきっと壊れちゃいます」
堀北さんが怪我してるのは分かった。
こいつは、何が言いたいんだ?
「オレに今週末の大会を辞退するよう
説得して欲しいということでしょうか?
なら無理!去年の屈辱があるし、
今年は全国を目指しているんです。
誰も止められないと思いますが」
「もちろん、そうでしょうよ。
試合で無理をしないよう助言して欲しいの」
「全力を出し切るなってこと?
それって辞退するとの同じだろ。
全国でライバルと戦う気でいる
オレには言えない。」
「それで選手生命が終わったら
どうするんですか?」
ここでもう1人の茶髪が割り込んできた。
「怪我のことは今聞いたから詳しくは
知らんが、去年から治ってないなら
この先もいつ治るかわからない
ってことだろう?
永遠に治らないかも知れない。
なら今年の大会を最後とだと思って
全力を出した方がいいと思いますが」
「他人事だから無責任に言えるんです」
「そうよ。一生治らないなんてことに
なったら、あなたのせいです」
どうしてオレのせいなんだよ。
意味分からん。
怪我だかなんだか知らんが、
本人のやりたいようにやらしてやれよ。
正直、こいつらが気に食わないから
つい反発してしまったが、
冷静に考えて発言は間違ってないと思う。
もし、堀北さんが未来を見据えている
のであれば今大会に出場しなかったはずだ。
それでもなお、出場することを決意
したのであれば、今回が最後になっていい
という意気込みなのだろう。
ならばオレのやるべきことは堀北さんを
止めることではない。
悔いの残らない試合になることだ。
ライバルの藤沢さんだったか
全国大会で堀北さんを待ってるという。
堀北さんも藤沢さんとの対決を望んでる。
それは、オレも同じだ。
2人が全力で戦ってるところを見たい。
だが、東京都大会で故障し、二度と
試合のできない状態となったとしても、
全力を尽くしたのであれば、
ライバルだって称賛するはず。
怪我は、努力ではどうにもならない。
オレが助けて上げれることはない。
出来る事は、全力で応援し、
最後を見届けるくらいだ。
堀北さんがこんな状況になっていたとは。
◇◇◇ 教室 ◇◇◇
今日は金曜日。
テスト4日目の最終日である。
来週月曜に前期最終日が通知され
火曜日から夏休みへ突入することとなる。
「細倉くん、おはよう」
「おはようございます」
いつもと変わらない堀北さんからの挨拶。
何の悩みもない笑顔で迎えてくれる。
他校の後輩が憧れる訳だ。
不安な顔するなオレ。スマイルスマイル。
「勉強しました?」
「帰ってから教科書とノートを
一通り見ただけ」
オレの態度はいつもと変わらないが、
心は泣いている。
明後日は試合だ。
絶対に不安にさせてはならない。
いつもと同じように接するのだ。
「ジム帰った後も勉強するなんて
偉いですね。
オレなんて、帰ったらそのまま
倒れて寝ましたよ」
「そうよね。勉強できないよね。
ごめんね。私のせいです」
しまった。
「謝らないでくださいよ。
堀北さんを手伝いたくてしてるんです。
元々テスト前は勉強しないタイプだから
安心してください」
「ならいいけど」
「今日も午後、お手伝いしますので」
考えたくはないが、今日の練習が堀北さんの
最後となる可能せいもあるのか?
ならば、オレはその瞬間を見届けないと。
「ありがとう。
母がまた皆さんの分、お弁当作って
来たんだけど、食べます?」
家族は怪我の事をご存じなのだろうか?
もし知っていたのであれば、
どんな気持ちでお弁当を作られたのだろう。
やばい、お母さんの気持ち考えてたら泣きそう。
家族が応援してる。
ならばオレの気持ちも同じだ。
「もちろん食べますよ。
実は今日も作って来てくれないかなぁ
って期待してました」




