(035) アイドルって大変
◇◇◇ 男子寮 ◇◇◇
体調がメッチャメッチャいい。
あの激痛はなんだったのだろう?
先日も同じ事があった。
頭痛にしては明らかに異常。
吐き気があって立ってられなかった。
変な病気だったどうしよう。
オレ、死ぬのかなぁ。
検査して即入院だって言われたらやだなぁ
病院へ行くのが怖い。
唯一の救いがノノンの存在である。
ノノンが居ることで恐怖が和らぐ。
しかし、ノノンの奴はもう10分近く
オレにしがみついている。
顔をうずくませたままだ。
まぁ、この体勢も悪くはない。
だって男子高校生が1度は憧れる
シチュエーションなのだから。
女子が『どこにも行かないで!』って
しがみつくやつだ。
漫画の世界だけって思ってたよ。
だが、残念なことに抱き付かれてる感覚がない。
目の前にノノンがいるのに触れない。
あぁ、温もりが欲しい。
VRを見てるようだ。
ちょっと整理ないと行けないことがある。
ノノンが興味深いことを語ってた。
オレは気を失っていたと思っていたが
覚えてないだけで意識があったらしい。
オレに記憶のない数分間、ちゃんとノノンと
会話してたそうだ。
その時のオレは別人格で自分の名前すら
覚えてなのだという。
そう言われても素直には信じがたい。
だってオレ的には目をつむって、
直ぐに目を開けた感覚的なのだから。
だが、時計を見ると確かに数分経過してる。
話しぶりからノノンが嘘を付いてるとは
思えない。
これは一体どういうことだ?
もしかしてオレは多重人格者だったのか。
実は今まで気づかなかっただけで、
ノノンが今回居てくれた事で
その事実が判明というのか。
それが事実だったら怖い。
<<ハル!どこにも行かないで>>
なんて可愛いやつなんだ。
オレが居なくなったらボッチだもんな。
何年幽霊してるか知らんが
もう1人にはなりたくないんだな。
「オレもノノンに今消えられたら困る」
<<ほんとうに?>>
「あぁ、朝起こしてくれる人がいなくなる」
<<もう!>>
◇◇◇ アーツファクトリ ◇◇◇
時刻は20時。
ここは、アイミーが所属する芸能プロダクション
アーツファクトリ。
1人の金髪ギャルが小さなキャリーバッグを
引きずって事務所へと入って来た。
「愛美梨ちゃん、お疲れぇ」
「お疲れ様です。北海道から戻りました」
金髪ギャルはアイミーである。
仲の良い男性社員が彼女を見かけたので
声を掛けたのだ。
出張さきから戻って来たと聞き、
仕事を中断し土産話を聞くことに。
「楽しかった?」
「聞いてくださいよ。
せっかく北海道行ったのに。
テレビ、取材、イベントがキツキツで
どのこにも立ち寄てないんです。
日帰りで帰って来ました。
食べる時間すらなくて、
朝から何も口にしてないです。
ジンギスカンくらい食べたかった」
「それは残念だったね。今日は終わり?」
「これから新曲の振り入れです。(*1)
その後は、深夜ラジオ」
「明日はPV撮影だっけ?
全然休めてないね。
体だけは壊さないでよ」
「ありがとうございます。
元気だけが取り柄ですから。
明日頑張れば、半日オフなので」
愛美梨が帰って来たのを聞きつけ、
スーツ姿の担当マネージャが現れる。
彼女はハルが遭遇した人物。
「愛美梨!明後日とその次の日の2日間、
朝のワイドショーの出演が決まったわよ」
担当が上の階からわざわざ降りて来たのは
スケジュールを伝えるためでだったようだ。
「ひな壇でニコニコしてるだけでいいから。
番組終了間際に新曲PVの告知を
入れさせてもらえることになってます」
「それってユニットの仕事ですよね?」
「いえ、愛美梨だけよ」
「なぜ引き受けたんですか?
単独の仕事はやらないって言いまたよね?」
アイミーは、エルピースという2人組の
アイドル活動をしている。
相方は凛々華で同い年の20歳。
2人ともアイドルしたくてしてる訳ではない。
どちらかというと事務所の意向で無理やり
やらされていたのである。
この事務所に所属する以前は、
アイミーは地元でシンガーソングライターを
目指していた。
相方の凛々華は役者とアイミーとは異なるが
映画・ドラマに出演する夢を持っていた。
別々の地方出身者で、2人とも地元で活動
していたところを現社長にスカウトされた
という流れである。
社長が言うには、アイドル活動をして世間に
認知されるようになれば、それぞれ自分達の
やりたいことが出来るようになる。
と説得されたのが事務所に入るきっかけである。
「何度も言うけど、愛美梨が売れないと
エルピースも凛々華も仕事が来ないわ。
武道館ライブだって8千人埋まるか
怪しいんだから」
エルピースは、9月開催の武道館ライブ
2daysを控えている。
社運を掛けた一大プロジェクト。
もし、集客できなければ事務所の存続に関わる。
愛美梨自身もそのことを重々承知している。
お世話になった事務所の人達には
迷惑は掛けたくない。
むしろ恩返ししたいという思いはある。
「分かるけど。そのワイドショー、
凛々華にお願いできないの?」
これは、アイミーがワイドショーに出演
したくないという理由ではない。
エルピースとしての出演依頼はほぼなく、
凛々華のスケジュールはスカスカだった
からなのだ。
仕事がないのは凛々華だけではない。
この事務所はアイミーのグループを含む
5つのアイドルグループを抱えている。
アイミー1人が爆売れしてる状況で、
彼女がこの事務所を支えていたのである。
売れているというのはアイミーにも事務所に
も良い事。
だが、一緒に活動を始めた凛々華に対して
後ろめたいのである。
なので、凛々華にも仕事を振りたい
と考えている訳だが。
「それはできないわ。
この仕事は愛美梨ご指名ですから」
・・・
「ライブが成功すれば凛々華も
忙しくなって来るわ。
だからワイドショーの仕事、お願いします」
流石に頭を下げられたら断れない。
「分かりました。
次はエルピースとしての仕事をお願いします」
「善処します」
毎回同じやり取りが行われている。
アイミー自信は改善などされない
と半ば諦めてはいる。
*1 振り入れとは、曲に合わせて振りを作る作業のことであるが、
アイミーは「新曲のダンスを覚える」という意味で使ってます。




