(166) 恋はオレの決断を揺るがす
◇◇◇ 発着室 ◇◇◇
オレは完全に記憶を取り戻した。
しかも横浜でのことも思えてる。
なぜ突然記憶を失ったかは分からない。
そんな事は、後で技術者に聞けばいい。
それよりも白川さんと、どう接するかだ。
もう会わないと決めてたのに。
告別式で再会して歯車が狂い出した。
棺の扉が完全に開く。
「ハルキ、どう?何か思い出した?」
その笑顔がオレを苦しめる。
嘘を言ったところで直ぐにバレる。
次は白川さんの番だから。
ここは正直に。
「全ての記憶が戻ったよ」
「私たちの関係はどうなの?
どうして追われてるの?」
「ここでオレが説明するよりも
白川さんもリセットしたらいい。
全てが理解できる」
「なによそれ、意味深じゃない。
ハルキとの関係も分かるってことなのね?」
「なぜ白川さんとお寺に居たか。
オレ達の関係とか。
記憶を取り戻せると思う」
「リセットすればいいのね」
白川さんもオレが使った棺へと入る。
「やだぁ。変な感じ。
ドラキュラになった気分」
笑いたいけど笑えない。
オレの顔は引きつってないだろうか。
願わくばリセット後も無邪気なままでいて欲しい。
あぁ、この場から逃げ出したい。
「一瞬で終わるから安心して」
彼女は仰向けとなり、オレは側面のパネルを操作する。
「目、閉じてた方がいい?」
「いや、開けてて大丈夫」
はぁ。
ため息が出てしまう。
♪ウィーン
扉が動き出し徐々に下がる。
同時に横浜での楽しい思い出が
フラッシュバックする。
このまま白川さんの記憶が
戻らない方がいいのでは?
扉が完全にしまる。
まだ間に合う。
中止させるか、決行するか。
♪ピッピ
あぁあ、やっちまった。
どうか、失敗してますように!
♪ウィーン
再び扉が開く。
彼女の第一声が怖い。
「ハルキ!
これってどういうことなの?
説明して!」
どうやら記憶を取り戻したようだ。
嬉しいのやら、寂しいのやら、複雑。
白川さんにもう笑顔はない。
ここに来たことを後悔する。
「わざと私の記憶を消したの?
どうなの?」
オレは白川さんが好きだ。大好きだ。
願わくは、ずっと一緒に居たい。
だけどそれはオレのエゴだ。
例え白川さんがオレを許したとしても
3月には研究室に戻らねばならない。
オレと一緒にいたら不幸になる。
大体、オレは人間ではない。化け物だ。
彼女の幸せを望むなら身を引くべき。
「お葬式でハルキを呼び止めたの
思い出しました」
「ゴメン。わざと記憶を消したんだ」
あぁ、言ってしまった。
「どうして?
なぜそんなことするのよ。
意味わからない」
「岩井さんの記憶がなくなれば、
悲しいことを全部忘れ、
白川として一からやり直せると思ったから」
相変わらずオレは、適当な事を言う天才だな。
「大事な父との思い出を消してまで?
そんなの迷惑よ。余計なお世話だわ」
「そうだね。申し訳なない」
もう一度彼女の笑顔が見たい。
逃亡生活が楽しかった。
九州に行ってたらどうなっていただろう。
「なら、どうして記憶を戻させたのよ。
訳わからないんですけど」
「一緒に生活してて後ろめたくなったから」
「じゃぁ、
昨日まで楽しくしてたのは演技だった訳?」
「本当に申し訳ない。
実は記憶を無くしたふりをしていたんだ」
「私の事、好きだって言ったの嘘だったの?」
「ごめん」
♪パァーン
オレは思いっきり頬を叩かれた。
凄く痛いよ。心が。
白川さんは走ってこの場から去っていく。
これで2度目か。
大好きな人に2度もふられるとは。
いっそのことオレを殺して欲しかった。
2度とガイヤには来ないのに。
このまま研究室に戻るか。
いや、部活メンバーにはお別れを言いたい。
あの人達から大事なものをもらったから。
・・・
これで永遠のお別れだね。
さようなら岩井さん。
そして、オレもマンションを出ることに。
◇◇◇ マンション前の大通り ◇◇◇
マンションのエントランスを抜けて
道路沿い出た時である。
ここで思い掛けないことが起きた。
「ハルキ!」
背後から白川さんの叫び声。
振り返ると彼女が目の前にいる。
オレが出て来るのを待ってたようだ。
目が合うと彼女の目から涙が溢れ出す。
そして深く頭を下げた。
「さっきは、ごめんなさい」
ビンタした事、謝罪してるのだろうか。
「謝る必要はないよ。
悪いのは全てオレだから」
駆け寄って強く抱きしめたい。
だけど。
握りこぶしに力を入れ、オレは前を向き
逃げるようにして歩き出す。
「わたし、ハルキのことが好き!」
その叫び声で、足を止めた。
どういうこと?
すると、彼女は後ろから
オレに抱き着いて来たのである。
もう、放さないと言わんがばかりに
彼女の両腕がオレの両脇に食い込む。
「演技でもいいよ。一緒に居たい」
オレの背中に彼女の悲痛な声が突き刺さる。
オレも好きだ。大好きだ。
なぜそんな簡単な事が言えない。
「ダメ?」
どう返答すればいい?