(163) 実は訳ありの宿でした
◇◇◇ シェアハウス ◇◇◇
時刻は19時。
オレ達は宿に戻ってきた。
現在ベッドの上で仲良く食事中である。
食材はコンビニで買って来た物。
共用スペースはあるものの、
人目を気にして自室で食べている。
今日は買い物をしたので
質素な食事と決めたのだ。
白川さんはオニギリと小さなサラダ。
オレは菓子パン2つ。
果たして節約に効果はあるのだろうか。
「料理できるの?」
記憶がないのに意味のない質問。
「ごはんに納豆乗せるとか。
料理とは言わないね」
面白いジョークだ。
あぁ、楽しいなぁ。
昨日の逃亡から1日経過するも
記憶が戻る気配がみられない。
この生活なら1週間くらいは続けられそう。
だけど何カ月、何年続けるには難しいだろう。
「ごめんな」
「どうしたの?急に」
こんな部屋に閉じこめて申し訳ない。
同年代のカップル達と同じように
堂々と街中を歩きたいだろうに。
白川さんを見てると可愛そうになってくる。
「隠れて生活させてるのが悪いなって」
「それはお互い様でしょ!?
気にしてないわ」
どうも白川さんをときたま娘のような
感覚で見てしまう。
「楽しいことさせたいんだけど」
「ハルキと一緒にいるだけで楽しいよ」
その優しい言葉がオレを苦しめている。
今の状況では、オレら2人が幸せに
なれることはない。
「聞いてほしい。
明日、黒服連中に会って対話してみようと思う」
「どうして?
遠くに逃げるんじゃなかったの?」
そうするつもりだった。
でも彼女だけでも幸せになってもらいたい
という気持ちが強くなって考えが変わった。
「欲が出てしまったんだ。
白川さんと幸せに暮らしたいって」
「どうしてそれが対話になるのよ。
今だって幸せよ」
「本当か?
ずっと逃げ続けて暮らせると思う?
オレ達には記憶がない。
もしかしたら密入国者かも知れない。
身分証明書が怪しすぎる。
黒服だけでなく警察にも捕まる可能性だって
考えられる。
生活するにしたって働かないと食っていけない。
定住する必要も出て来るだろう。
そんな中で警察や黒服に
怯えて暮らし続けられると思う?
それで幸せって言えるかなぁ」
「対話なんて無理よ。
捕まったら何されるか分からないのよ」
「分かってる。
だからオレ1人で接触するつもりだ。
白川さんはここで待機しててくれ。
もし、夕方まで戻ってこれなかったら
遠くに逃げて欲しい」
オレは、財布を白川さんに差し出す。
「やです。待ってるだなんて。
なら私も一緒に行きます」
白川さんはオレの財布を受け取ろうとしない。
「頼む。言うことを聞いてくれ。
オレ1人だけなら逃げ切れる。
会うんだって街中を選ぶよ。
オレだってバカじゃない。
恐らく新宿駅に立っていれば
向こうから接近してくるはずだ。
人込みならそう簡単に手出しは出来ない。
叫べば警官が飛んでくる。
捕まる可能性は低い」
「一緒に逃げましょ、ね?
私、なんだってガマンする。お願い」
そう言われても。
「ハルキが居なくなったら
1人でどう生きろっていうの。
私も直ぐにつかまるよ」
1人では生きていけないと言われてしまうと
何も言い返せない。
オレの決意が揺らぐ。
「分かった1日考えさせて」
それは嘘だ。
明日の朝、こっそりと出て行くつもりだ。
その後は、気を取り直して楽しく会話を
続けたが、お互いうわべだけ。
白川さんはオレにずっと密着してた。
オレが居なくなることを何となく
察してるのだろう。
◇◇◇ シェアハウス ◇◇◇
時刻は朝5時。
「博士、朝ですよ」
博士?
「起きてください。朝だよ」
「あと5分」
デジャビュか?
過去にこんなやり取りがあったような。
「またぁ?朝ですよ」
オレが目を開くと寝ている白川さんが
そこに居る。
あれ?
夢?
寝ぼけてるな、オレ。
だが、ちょうどいい。
白川さんが寝てる合間に出て行こう。
「博士!ここ、どこ?」
逆サイドから別の子の声が聞こえる。
振り向くと。
「うわぁ」
見知らぬ少女がオレの真横に座ってる。
驚き、飛び起きると
「どうしたの?」
オレの反応で白川さんも目を覚ます。
「お前、だれだ?」
<<ノノンだよ~>>
「なにしに来た?」
<<もしかして、お邪魔でした?>>
独り言をいうオレに、気が狂ってしまったのかと
白川さんは動揺する。
「ハルキどうしたの?」
オレは少女に指を差し、白川さんの顔を見る。
「この子、知ってる?」
「どういうこと?
壁の染みが人に見えるとか?」
会話がかみ合わない。
知らない子が部屋に居るのに
白川さんはなぜ冷静でいられる!
オレはもう一度、少女の方へ振り向く。
すると!
「うわぁ」
少女が浮いているではないか!
驚きのあまり、オレは後ろ回りして
ベッドから転げ落ちてしまった。
「化け物!」
<<ノノンは天使です>>