(160) 逃亡生活はじめます②
◇◇◇ 研究室 ◇◇◇
ガラス張りの狭い部屋。
計器類が壁沿って敷き詰められ
ランプがピカピカと点灯している。
部屋の中央には2台のベッドがあり
それぞれ男女が横たわっていた。
2人ともゴーグルを装着し、寝てるかの
ようにピクリとも動かない。
だが、女性の方が突然動き出す。
「気持ち悪い」
女性の方が目覚め、起き上がると
センサーが反応して室内全体が明るくなる。
「研究室に戻って来た」
ここはガラス張りの部屋。
室内を一望できるも周囲に誰も居ない。
他の研究員は帰宅してる様子。
となりのジュン博士を確認するも
横たわったまま。
どうやら、ノノンだけが研究室に戻って
来たのだと理解する。
胸がムカムカし、吐き気がする。
とりあえず薬。
そう思い、ノノンはベッドから落ちる
ようにして降り、四つん這いで
生まれたての猫であるかのように前進し、
ソファーのところまで辿り着く。
ダイブからの戻りで、気持ち悪くなったは
これで2度目。
前回飲んだ薬がテーブルに残ってるハズ。
その薬を見つけ、飲むのでった。
そしてソファへはい上がり寄りかかる。
どうして研究室に戻って来たのか、
振り返ることに。
博士と葬式会場に居たところは覚えてる。
そこで博士と岩井さんが鉢合わせ
会話することとなって、その間、
寺の門付近である路上でカイと2人で待って
いたところ突然激しい頭痛に襲われた。
記憶にあるのはここまで。
気付いたら、自分だけ研究室に戻って来た
という訳だ。
このとこから推測するに、
廉価版ダイブ機に欠陥があるものと思わる。
となると先日の対策では不十分であった。
この時間に戻って来れたことに
ノノンはほっとしてる。
だって、他の研究員に知れたら
実験は即中止になっていただろう。
実験は、あと2日(ガイヤでは半年)残っている。
このまま終わらせたくない。
気持ちが悪くなることくらいは些細な事。
戻ることを決意する。
10分後にアラームが鳴るようセットし
ノノンは目を閉じる。
こことガイヤとの時間差は100倍。
研究室での10分は、ガイヤでは1000分。
すなわち約17時間経過してしまうことを意味する。
早く戻りたい気持ちはあるが、
休息をとることにした。
少し横になれば、楽になるだろうから。
◇◇◇ JR石川町駅付近 ◇◇◇
ハルキと白川さんがシェアハウスへ入る
ところを遠くから監視している者がいた。
黒服の男だ。そうPMCの者。
「会長は白川嬢と素泊まりの宿に
入って行きました。
おそらく本日ここに滞在する
ものと思われます」
「2人だけで入ったんだな?
特に危険はないと?」
「はい、2人で入っております。
脅されて行動してるようには見えません。
どうされます?
会長とコンタクトをとりますか?」
「いや、会長からの指示がない限りコンタクトは避けよ。
今回の件は、何か意図があっての行動と推測される。
それを潰してはならん。
出来るだけ距離を取って監視を続けよ。
変化があり次第報告を頼む」
「了解」
本部では会長の行動に混乱している。
どうもPMCから距離を取ろうとしてる
ようにしか見えない。
だが、これには何か理由がありそうだ。
というのも、
我々から避けるような行動を取りつつも、
監視カメラには堂々と映るように移動している。
敢えて、自分の居場所を提供してる
とか思えない。
そして最大の謎は、失踪した寺の草むらに
会長の携帯を置いて行ったことだ。
何かしらの意味があるのだろうが
正直難解で意図が読めない。
白川嬢に気付かれぬようメッセージを
残したのか?
なぜそんな回りくどいことをする必要のか?
分からん。
解析担当は頭を悩ませていた。
もう一つ問題がある。
ノノン様が倒れたことを一刻も早くお伝え
しなければならない。
会長が携帯を手放したため連絡が
取れない状況にあるということ。
もしかしたら、会長はノノン様のことも
把握した上で行動してる可能性も考えられる。
会長に身の危険がないことは把握できてる。
ならば会長からのコンタクトを待つしかない。
そう結論づけ、静観を続けることに。
◇◇◇ 横浜中華街 ◇◇◇
時刻は18時。
オレと白川さんは、お腹が空いたので
宿を出て、食べ物を探しに
横浜中華街まで来てしまった。
「ハルキ!食べ放題だって。
値段安よ。ここ(店)にしようよ」
確かに食べ物を探しに来たが
目的変わってませんか?
オレらは観光客ではありませんよ。
「節約するんじゃなかったのかよ」
「食べ歩きしたら高くつくでしょ?」
そういうロジック?
あんたがいいなら構わないけどな。
「デザートとドリンクバーも付いてる。
ここにしようよ。ね?」
顔が近い。
可愛いなこいつ。ちくしょぉ。
「せっかく中華街に来たんだし。
1回くらいは食べておきたいよな」
「話の分かる男、わたし好きよ」
白川さんは、オレの横に寄り添い腕を組む。
オイオイ。
この人、ベタベタするタイプか。
これ、もうカップルじゃん。
オレを引っ張る形で入店してしまった。
美味しいの?この店!
まぁ、安いからいいか。
テーブルに着くなり、お互いのことを会話する。
とっいても、自分の記憶はまったくない
のだから語る事は少ない。
それは白川さんも同じ。
同じ境遇だからか、会話が弾み食事が楽しい。
知らない人なのに一緒にいて居心地がいい。
白川さんも同じ気持ちだったら嬉しい。
今日を振り返ると2人して記憶喪失はおかしい。
状況からして、オレと白川さんは知り合いだ。
でなきゃ、あんな場所で2人で居たのは説明がつかない。
あの場所で密会してたのか、黒服から逃げていた
のかは知らんが、薬か何かで記憶喪失させられた
と考えるのが自然だ。
となると、この記憶喪失は一時的なものに違いない。
救いなのは、白川さんが居てくれたこと。
オレ1人だったらどうなっていただろう。
自分が何者かも分からず、だれも頼る人がいない。
しかも黒服に追われてるという。
想像するだけで怖くなる。