(156) 告別式に参列します
◇◇◇ 住宅街 ◇◇◇
いつもは閑静な住宅街に、突如とあらわれた
喪服の人々。
みな同じ方向へぞろぞろと移動する
光景が目に止まる。
その進む先をたどると、やがて長蛇の列
へと変わり、お寺へと到達する。
芸名ユーリこと岩井友璃の告別式が行われてる。
彼らは、この会場目指していたのだ。
会場は事務所が用意したファンのためのもの。
事務所の所属タレントやスタッフも
この会場にて追悼が済ませてある。
ファンの大半が来るのを予測して
ある程度の人数を見積もっての会場選択であったが
それを上回る人が集まってる。
はやり各局のニュース番組で大々的に
ユーリの死亡事件を取り上げられたのも大きい。
不運に巻き込まれた悲劇のヒロインとして
世間一般に認知されたのだから。
なのでファンでない者もその哀れみから
参列しようと全国から集まったていた。
だが、中には芸能人目当てやSNSのバズリ目的と
面白半分で来てる者も少なくない。
事務所としては、そんな不純でもありがたい。
大々的に開いた告別式なのだから
参列者は多いに越したことはない。
SNSでの拡散も大いにやってもらいたい。
天国のユーリも喜んでることだろうと信じている。
ここで、参列者の中に注目すべき人物が居た。
岩井さんである。
今は、白川と言うべきだろうか。
彼女は、自分の葬式など行くつもりはなかった。
来たところでどうにもならないし、
本当の身体を失ったという事実を
叩き付けられるだけでしかないのだから。
だが、ニュースで沢山のファンが訪れてる
のを知り、居ても立っても居られず
ネットカフェから飛び出してしまった。
結果、彼女は来て良かったと感じてる。
ファンに愛されてたのを実感できたから。
列の前後を見返すとこんなにもの人の数。
ファングッツを持ってる人や涙ぐむ人、
番組やイベントでの思いでを語ってる人
を目の当たりにできた。
これらがどれだけ自分に元気を与えたか。
家でも外でも自分の居場所はなかった
のだから、ファンの思いに泣きそうになる。
と同時に悔やしみと後悔が自分を襲う。
仕事に一生懸命になり過ぎて、ファンを
ないがしろにしてたことを痛感する。
直接感謝を述べたり、交流だったりを
してればよかったと反省してる。
もう取返しがつかない。
岩井友璃は存在しないのだから。
胸の奥が強く締め付けられる思いだ。
お寺に入ると特設会場の建屋が設置
されてあり、列はその奥へと続く。
会場内へ足を踏み入れると、お経の声と共に
大きな祭壇が目に飛び込む。
中央には、かつての自分の顔写真が。
見慣れた顔なのに、既に他人のような
錯覚を思える。
左右に2列づつパイプ椅子が置かれ、
事務所の社長など関係者が座っていた。
ここまで来たらもう引き返せない。
そのまま並び、ゆっくりと一直線に進む。
先頭になったところで一礼し合掌。
***
不思議なものだ。
『自分自身を弔ってどうするのよ。』
そんな思いが彼女を惑わせる。
だが、この行いによって岩井友璃と決別し
白川瑞葵として生きて行く決意が
ついたとも言える。
新たな旅立ちを決意し、反転した時のこと。
ある人物に釘付けとなる。
自分の父親が先頭の左端に座ってるのを。
来てない思っていた父がそこに居た。
出口へと向かわず、自然と足が父の方へ。
あれだけ嫌っていたのに。
親とも思ってなかったのに。
これはもう好きだとか嫌いだとか、
話したなくない、近寄りたくもない
という次元ではない。
本人でも分からない感情が足を向かわせた。
そして、父の前に立ち挨拶をする。
「友璃さんの友達の白川です。
この度はお悔やみ申し上げます」
「温かいお言葉をありがとうございます。
娘も友達が来て喜んでいることでしょう」
父と会話するのは何年ぶりだろうか。
こんな優しそうな人だったっけ?と記憶が混乱する。
おそらく父と会話するのは、これが最後。
そう思ったら、避けてた娘をどう思って
いたのか確認したくなった。
「友璃さんは、
自宅ではどんな人でしたか?」
「ごめんね。
娘とどう接していいか分からず。
会話がまったくなかったんですよ。
どんな子だったんだろうね」
『それはこっちの台詞』と彼女は反論したかった。
幼い時に母を失い、ずっと父と2人暮らし。
父はここ数年仕事が忙しく、朝早く出てっては、
深夜に帰って来る日々。
朝昼晩3食を職場で済ませていた。
なのでほとんど顔を合わせることはないし、
食事は自分で自炊するしかなかったのだ。
休みの日も基本仕事で、たまに家に居るかと
思えば機嫌が悪い。
そんなんだから会話が自然と無くなり、
いつのまにか避けるようになった。
「友璃さん、お父さんに嫌われてるって
言ってましたよ」
「そう感じてましたか。
それは済まないことをしました」
『違うの?』と彼女は動揺する。
これ以上、他人が踏み込んでいいものか
錯綜するも、もう聞かずには居られない。
だって、このタイミングを逃したら
2度と聞けないのだから。
「娘さんを嫌ってたんじゃ
ないのですね?」
「もちろん。
小さいときは、週末2人で
よくお出かけしてましたしね。
楽しい思い出です」
そう言われてフラッシュバックする。
小さい時だっから、どこに行ったかは
覚えてないけど、いろいろなところに週末、
父と遊び行った記憶がある。
「大きなプロジェクトを任される
ようになってからですかね。
仕事が忙しくなり家には帰れなく
なったのは。
しかも、ここ3年はトラブル続き
で精神的にまいってました。
娘にはその姿を見せないようには
してたつもりだったんですけど。
嫌われてると思われてたんですね」
そんな事情があったのかと初めて知った。
思い返せば、機嫌が悪かったのではなく
元気がなかったようにも思えてくる。
だから話し掛けても素っ気なかったのだと。
自分の芸能活動を通じて、
父の行動が今なら理解できる。
家を、私を守るために嫌な事にも
逃げ出さずに仕事を頑張って来たのだと。
なのに、自身は父に強くあたることも
多々あった。
それでも父は反論することもなく
改善しようと努力続けて来たのである。
日に日に元気がなくなったのは、
もしかしたら自分のせいではないかと
思えてきた。
父は家でも外でも追い詰められてた。
なのに全てを受け止めてくれてた。
それが真実かはわからない。
だけど今だからそう感じれる。
「娘が死んだのは私のせいですね」
父は責任を感じてる。
父を避けてたのは自分で、
家から逃げ出したのも自分。
きっかけは、自分の不注意でSNSが
乗っ取られたため。
むしろ友璃が死んだのは自分の責任である。
そういえば、笑ってたお父さんも存在
してた時期があった。
その時、優しくて頼りになるいい
父であった記憶である。
ここはフォローしないと。
「そんなことないですよ。
娘さんは気付いてなかったかもだけど、
今の話を聞いて私は良い父親だと感じました」
「そう言っていただけると救われます。
いい友達を持って娘が誇らしい。
成人した姿、見たかったなぁ」
最後の一言は彼女に衝撃を与えた。
ガマンしてた感情が溢れ出し、
その場で泣き崩れてしまったのである。
「親友だったんだね?」