(148) 恋を理解しました
◇◇◇ 発着室 ◇◇◇
岩井さんは帰らぬ人となった。
オレをかばって。
写真撮影の現場で異変に気付いていたら。
プレス機から脱出せずオレが死んでいれば。
沖縄から東京へ帰って来たときに
奴らを捕まえていたら。
たらればを言えばきりがない。
時間は巻き戻せないのだから。
最愛の人が1週間でなくなった。
本来なら失望感で悲しいことだろう。
だが、オレは彼女を思い出す度に吐き気を催す。
あんな死に方を見てしまったのだから。
事件発生時、岩井さんはオレをかばい
鉄くずの下敷きとなった。
それに気付いた時には助ける気力を失った。
生死を確認するまでもない状態だったから。
呆然と岩井さんを見つめるオレを
PMCは彼女を瓦礫から救い出し、
急いで専属の大学病院へ運んでくれたのである。
今となっては有り難い話だ。
PMCは諦めなかったのだから。
病院へ運ばれた時には、呼吸はなく、脈拍停止。
瞳孔も動かない。
彼女は治療されることなく死亡と診断された。
そんな絶望の中、1つの希望が生れた。
幸いにも脳には損傷がなく、脳死もしてない。
そこで脳を摘出し、人工心臓によって
脳だけを無理やり延命させるという
処置を施してくれたのである。
まったく役に立たないオレを横目に
PMCは病院へ搬送する間にここまで
想定して準備してくれていた。
優秀な部下を持って誇らしい。
あとは前田に頼み、10代の女体を緊急で用意させ、
オレやノノンと同じように通信を使って、
目の前の女体を動かさせるよう試みたのだ。
結果、成功したのである。
「ハルキ!」
オレの名を呼ぶ岩井さん。
嬉しい。嬉しすぎる。
外見は変わってしまったけど、
仕草と話し方で彼女を感じられる。
岩井さんは岩井さんだ。
こうしてまた会話ができて嬉しい。
泣きそうだ。
岩井さんは周囲を見渡す。
まだ、自分の状況を理解されてない。
「私たち、どこにいるの?」
「落ち着いて聞いて欲しい」
事実を告げなければ。
これを見越して、技術者に退散願ったのだ。
彼女の反応が怖い。
「工場でフォークリフトが瓦礫の山に突っ込んで、
くず鉄が降って来たの覚えてる?
あの時ユイリーはくず鉄の下敷きになったんだ。
そして直ぐに病院へ担ぎ込まれた」
はぁ、気が重い。
「落ち着いて聞いて欲しい」
真剣な眼差して、オレの次の言葉を待ってる。
「病院で、ユイリーは死亡が確認された。
君は死んだんだ」
「私が死んだ?
何の話をしてます?
生きてますよ。
言ってる意味が分からないです」
「蘇生されたというか、
別人として生まれ変わったんだ」
オレは携帯で、鏡のアプリを起動させ
岩井さんに携帯画面を見せる。
「これが今の顔だよ」
「別人に見えるアプリでしょ?
ちょっと脅かさないでよ。
真顔で言うからもう」
なるほど、そう来たか。
どうやら冗談だと捉えたらしい。
そりゃそうだ。普通信じないわな。
「ちょっと、この部屋なに?
棺が沢山あって気味が悪いんですけど。
アトラクション?」
どうしたら状況を理解してもらえる?
「ねぇ。
工場でハルを押し倒してからの記憶がないの。
倒れてからのこと、教えて?」
岩井さんは、自身の手足や体型を見て、
自分が別人であることを感じ始めてる。
「痩せた?
この指、私じゃないみたい」
岩井さんはゆっくり立ち上がり、
オレも合わせて立ち上がる。
言葉には出さないが、オレと背丈が同じ
であることに戸惑っている様子。
岩井さんは、興味本位で隣の棺を覗き込む。
「ビックリした!?
どうして田中さんが居るの?
人形なの、これ?
良く出来てる。リアル過ぎない?」
「実はオレが田中だったんだ。
田中に乗り移っていた」
「言ってる意味がわからないけど」
岩井さんは反対側の棺も確認する。
「ニーナちゃん!あれ、違う?
ニーナちゃんにそっくり」
「ニーナもオレと同じで乃々佳に乗り移ってる。
乃々佳って覚えてるか?
病院で寝たっきりだった子だ」
「乗り移る?バカバカしい。
私は真面目な話しをしてるの」
「だからこれが真実なんだ。
オレの正体でもある。
ユイリーはオレと同じように
岩井友璃からその身体に
乗り移ったんだ」
オレは、壁際にある端末を操作して、
ハルキの棺に入る。
「ちょっと見てて!」
♪ウィーン、ウィーン
ハルキの棺が閉まり、田中の棺が開く。
その間、岩井さんは呆然と眺めていた。
そして、田中の身体が動きだす。
「きゃっ!」
「ユイリー!オレだ。ハルキだ。
こうやって田中の身体に移って
ユイリーを守ってたんだ」
「ちょっと田中さん、寝てるふりしたの?」
「オレはハルキだよ。初めて出会ったのは
ワンフェスのイベントだったね。
上野でお揃いのお守り買ったよね」
オレは、岩井さんとの出来事をこと細かく
話した。
特に2人にしか共有してない内容を。
「もう止めて!」
「オレは人間じゃない。
地球の外から来た者だ。
宇宙人だと思ってもらえばいい。
いつか全てを話すと言っていたのが、
これのこと」
岩井さんは改めて自分の身体を見直して、
ようやく状況を理解した。
「化け物」
岩井さんは一言、それを言い放って
部屋を出て行き、外へと飛び出しす。
追っても無駄だ。
というか、追う気になれない。
『化け物』と言われたのが刺さりまくった。
確かに人類からしたらオレは化け物だ。
人の姿はしてるが、岩井さんにはきっと
ヒーローものに登場する怪獣のような姿に
見えたのだろう。
オレは携帯を手に取り電話する。
「会長どうされました?」
「C53が発着室を出した。追跡を頼む」
「発見次第、確保致しますか?」
「いや、見守るだけでいい」
捕まえたら工場でのトラウマが蘇る。
どうぜオレの言葉など耳に入らん。
「危険な状況になったら
手を貸してやってくれ」
「了解」
これで良かったんだ。
元々オレと岩井さんは住む世界が違う。
こうなる事は分かっていた。
それが早いか、遅いかの違いなだけ。
1週間だったけど、恋人ごっこは楽しかった。
彼女を守ると言って守れなかった。
それだけが心残りだ。
もう、二度と会話を交わすことはないだろう。
君が生きててくれた。それだけで十分。
これ以上は望まない。
もしかしたら、彼女は自分の身体でない
ことに苦悩するかも知れない。
自分も化け物になったと感じることだろう。
彼女を生かし続けるのはオレのエゴだ。
将来、生きてて良かったと思ってくれることを願う。
君の手料理は美味しかった。
一緒に過ごした時間は忘れない。
さよなら、大好きな岩井さん。
目頭が熱い。
オレは涙を拭いハルキの身体へと
戻るのであった。