(105) カイ父を説得します
◇◇◇ ホテル ◇◇◇
時刻は20時。
ここはホテルのスイートルーム。
オレはベランダで心地よい風を浴びながら
東京の夜景をぼんやりと眺めてる。
現在オレは、田中に身を変え、
いつものホテルへと来ている。
理由は、カイの父親を説得するため。
というのも斡旋した中途採用について
辞退したい旨の返信メールが来たからだ。
世の中そんなにうまく行かないものだ。
用意したポストは、カイ父のために
新設したものではない。
では会社にとって必要な人材かと言えば、答えはYES。
だが逆に、居なくても問題ない人材かと問えば、
こちらもYESとなる。
目的は、カイの高校退学を阻止するために
無理やりヘッドハンティングしたのだから。
カイ父にとって、前職とは別物の職種となる。
便利に使おうとしてると見透かされたのだろう。
だが、ここで『はい、そうですか』と
引く訳にはいかない。
カイと一緒に卒業したいから。
オレの身勝手な考えだとは重々承知してる。
ただ、退学する理由が金銭面という理由
ならば何とかしてあげたい。
だからと言って、カイ父の将来をオレが
適当に決めていい話しでもない。
難しい問題だ。
<<ハル、ズルい>>
いつの間にか幽霊ノノンが隣にいる。
突然真横から声を掛けられたものの驚きはしない。
そろそろ来そうな予感はしてたからだ。
<<1人でここ来ちゃってさ。
ノノンもホテル泊まりたい>>
「仕事で来てるんだ。
遊びじゃない。あとハルじゃない」
<<いいじゃん。
大人しくしてるから。ノノンも今から行く>>
「門限過ぎてるだろ?」
<<男子はズルい。
こっそり抜け出せばバレないよ>>
「やめとけ!監視カメラがあるんだ。
門限以降に出たら確実に見つかる」
<<じゃあさ。明日の午後は?
ならいいでしょ?>>
「仕事終わったら寮に戻る。
明日は、ホテル来る予定はないぞ」
<<ズルい。ノノンもホテル泊まりたい>>
まったく、子供だな。
ノノンはこんな性格だったのか?
「今日はオレじゃなく。
堀北さんと金沢さんにLineしまくりなさい
ノノンのミッションは部活メンバーと
仲良くなること。
特に金沢さんは精神的に疲労してるんだ。
やわらいでやってくれ」
<<それもするけど。
次、ホテル行くときは声掛けてよね>>
ノノンに携帯をプレゼントしたのは正解だった。
「あぁ」
<<絶対だよ>>
「分かったって」
確認してノノンは消滅する。
時刻は20時半。
カイ父とのオンライン会議が始まろうとしてる。
ノートPCに男性の顔が映し出される。
「岳中です。聞こえますか?」
よし、気合入れるか。
「田中です。
聞こえてます。では始めましょうか」
オレは、カイ父に辞退した理由を尋ねた。
すると理由は実家の農家をつぐからだという。
仕事を探していたのは、後輩2人の進路が
決まってなかったためで、昨日2人共、
無事に大手製薬会社への中途が決まったそうだ。
カイ父は若くはない。
研究を続ける体力はもうないという。
なので、今後はひっそりと実家の農家に専念するとのこと。
実家の農家を調べたが、経営難の借金まみれ。
どう続ける気なのだろう。
だが本人が決めた人生だ。
オレがネジ曲げるのはおかしい。
重々承知しているのに黙ってはられなかった。
オレは1つの質問をする。
「農家ですか。素敵ですね。
農業をする者が年々減ってる中、
岳中さんのような存在は貴重です。
ですが心残りはないですか?
研究、お好きなのですよね。」
そこで1つの提案を出す。
アイミーの武道館ライブの演出に協力して
欲しいというものだ。
依頼は2つ。
1階席を膝の高さまで煙で充満させて、
プロジェクションマッピングで1階全体を
青い海に見せたいというもの。
その装置の考案をお願いしたいのと、
薬品を扱う必要があるので責任者の欄に
名前を記載させて欲しいというものだ。
受けてくれたら前金で500万円。
ライブ終了後に500万円。
計1千万円の単発発注の依頼。
また、炎などの演出が必要となった際は
別途追加発注を行うというもの。
ちなみに、アイミーの事務所である
アーツファクトリ側には相談などしてない。
だって、会話の流れで今適当に思いついた
ことを口走ってしまったのだから。
引き受けてくれれば必ず実施はする。
先日、オレの会社であるRSテクノロジー社が
武道館ライブの演出を全権握ったのだから。
経緯は、岩井さんの事務所入りがきっかけである。
社長と面会した時に、会話の流れで
アイミーのライブについて、進捗と内容を
聞いてみたのである。
すると何てしょぼいステージだっただろうか。
さらに決まってない演出もあり、進捗が遅れていた。
見かねたオレは、演出の全権を握らせて欲しいと
申し出をしたのである。
当然、オレが全額負担すると。
また、現在契約してる製作会社への違約金も受け持つと。
ただし条件として、新演出の実験に使わせて
欲しいというのを提示したのである。
これはRS社がどうしてもやりたいという建前だ。
RS社は、ハイテクを使った舞台演出専門会社である。
世界的にも有名な会社であり、多数のイベント会社
から依頼が殺到しており、手が回らない状況。
受注を取るのが数年先になると言われてる。
そんな会社が自ら申し出たのである。
アーツとしては、無償でライブができるのだ。
断わる理由などない。
社長は二つ返事で受け入れてくれたという経緯。
「ライブってそんなに儲かるんですね」
カイ父の疑問がモニタ越しに投げられた。
オレが高額の金額を提示したからだろう。
普通はありえないけどね。
「いえ、採算を度外視してます。
舞台演出は他社との競争。
一度、披露すると他でも真似されます。
新技術を次々と生み出す必要があるのですよ。
それに協力してくれませんか?ということです」
これは嘘ではない。
RS社は電子系のハイテク技術を使った専門チーム。
薬品類は不得意だ。
そういう意味ではカイ父は役に立つ。
研究者なら響かないか?
「1日考える時間をくだい」
「良い報告をお待ちしてます」