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9.救いの手①

 明日、私はついに神殿から出られる。


 夜になっても中々現実味が湧かず、終始ソワソワしていた。

 明日のこの時間はもう神殿の外と考えると、今夜は眠れそうにない。

 公爵様との婚約で色々と不安要素があったはずなのに、今はそれが全て吹き飛んでいた……のも束の間。

 就寝前のこの時間に部屋のドアがノックされ、すぐに警戒する。

 公爵様とは『また明日』と言って別れたため、可能性は低いし、第一このような夜に訪れるような人でもない。

 だとしたら考えられるのは……と、頭に浮かんだのはビリジアンの姿。

 簡単に諦めるはずがないと思っていたけれど、まさかもう行動を起こすつもりなのか。

 それもそうか。私が神殿にいる今日が最大のチャンスなのだ。


 とはいえ公爵様にも警戒されているため、私の命を狙うようなことをして自分の首を絞める真似はしないはず。

 だとしたら私を脅迫して辞退でもさせるつもりだろうか。

 何にせよ、ここで応じなければ強引に連れ出されることは目に見えている。

 一瞬公爵様を呼ぼうかと思ったけれど……すでに眠っていたら申し訳ないし、公爵様にはすでにたくさん助けてもらっている。

 昼の件だってそうだし、これ以上迷惑はかけられない。

 いっそのことビリジアンと直接対面してやり合うのも良いかもしれない。


 そう思った私は意を決してドアを開けると、そこには同じ聖女補佐の子が立っていた。

 それも私を虐げてくる者たちではなく、私の次に立場が弱くて周囲から見下され、取り巻きの後方でビクビクしている大人しい子だ。


「あ……えと」


 恐らく利用されたのだろう、かなり怯えた様子だった。

 私がついていかなければ、この子が痛い目に遭うのは目に見えている。


「聖女様が呼んでいるの?」


 私の言葉に対して、彼女はコクコクと頷く。


「明日、アイリスが神殿を経つから……最後に、かつては聖女候補だったみんなで集まって、話したいなって……」


 ビリジアンが言った通りに伝えるよう命じられたのだろう、決められた言葉を口にしているようだ。


「そっか、誘ってくれてありがとう」

「……っ、あ」


 尋常じゃないほど怯えている姿を見て、ビリジアンが何かを企んでいるのがわかる。

 その様子からして本当に命を狙おうとしている……?

 確認しようにも、遠くで誰かにこの様子を監視されていたら彼女にも被害が及びかねない。

 たとえ悪事に加担していたとしても、弱者には抗う術がないのは知っている。

 だから私はどうしても彼女を見捨てられなかった。


「ごめ……なさ」

「きっと素敵なおもてなしをしてくれているんだろうな」


 申し訳なさそうにする彼女に笑いかけ、私は部屋を後にする。

 一度隣の部屋に視線を向けたけれど、すぐに彼女の後ろをついていった。


 ビリジアンのやり方は相変わらず姑息で汚い。

 昼間こそ感情の制御ができずに自分が押しかけてきたけれど、やはり他人を使って痛めつけるのが彼女のやり方だ。

 いっそのこと、今日は思っていること全てぶちまけてやろうか。

 もし殴り合いになっても、その時はきっと公爵様が私の後ろについてくれる……はず。


「……うっ」

「……?」


 ちょうど礼拝堂の前を通ろうとした途端、私の前を歩く彼女の様子が変わる。

 先程まで肩を震わせ、怯えていたはずが……突然泣き出した。


「ごめ……なさ……許してとは言わない、から」

「急にどうし……んっ⁉︎」


 突然後ろからすごい力で引っ張られ、そのまま礼拝堂の中へと連れ込まれる。

 口元も強引に押さえつけられ、声を出すことすら許されない。


「我々は今から神に背く行為をする」

「……んんっ!」


 私に馬乗りになる神官と、抵抗しないように両手を押さえつけてくる神官。

 二人ともよく見る顔で、過去に私を虐げてきたことがある人物だ。

 彼らによって、私の動きは簡単に封じられてしまう。


「なあ、お前は明日神殿から出られるんだって? 羨ましいなあ。しかも相手はあの高貴なロドリアン公爵様か」

「金持ちの権力者のと結婚って、そんなの俺らが可哀想だと思わないのか?」

「……げほっ、げほ」


 口元を力強く押さえつけられていたが、会話をするためか手を離される。

 息苦しかった私は酸素を求め、咽せてしまった。


「何する気……」

「言っただろ? 神に祈りを捧げるこの場で、神に背く行為をすると」

「同時にお前を不幸に堕としてなるんだ。お前だけ幸せになるのは許せないからな」


 神官たちはどこか気分が高まっていて、正気ではなさそうだ。

 ビリジアンの名前を出していたけれど、恐らく何か指示されたのだろうか。

 それはいったい……。


「今からお前は手篭めにされるんだ。それも神の見ている前でな。神聖な場で他の男に穢されたお前を、果たしてロドリアン公爵様は娶りたいと思うか?」


 ゾッとした。

 彼女は命を奪わずとも、心身ともに深い傷を負わせて再起不能にするつもりだ。


「あなたたちはそれでいいの⁉︎ 神の前でそのような行為をして、私だけでなくあなたたちも社会的に死ぬ!」

「ああ、俺たちは聖女様が神の代わりにお赦しになられたのだ」

「残念だが不幸になるのはお前だけだ」


 何を言っているのだ、この人たちは。

 ビリジアンの言葉を本当に信じているの?

 いくら聖女が赦しても、神を崇めるこの国でそのような行為をして、周りが赦すはずがない。

 それに彼らを赦したビリジアンの名も落ちることだろう。彼らは初めからビリジアンの捨て駒なのだ。

 先程から彼らの息も上がっていて、何やら興奮状態にあるせいか、思考が鈍っているようだ。



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