15.自慢の息子
※セピアの過去編、最終話ですが本編後の内容になります。
国王の死後、皇太子が即位し、セピアやアイリスは慌ただしい日々を送っていた。
そして、ようやく落ち着きを取り戻してきた頃。
「アイリス。明日、君と行きたいところがあるんだ」
「私と……ですか?」
アイリスはデートかと思い、一瞬嬉しそうな顔をしたが、どこか切なげなセピアの表情に気づく。
「もちろです」
笑顔を浮かべて受け入れると、セピアはお礼を伝えた。
(ようやく、覚悟ができた)
セピアは窓の外に視線を向ける。
そこには、青い空がどこまでも広がっていた。
◇◇◇
「ここは……」
セピアがアイリスとやってきたのは、アンバーの故郷だった。
長閑な町で、自然が広がっていた。
「アンバー様が幼い頃、この町に魔物が襲ってきたらしい。それを救ってくれた騎士に憧れ、騎士の道を選んだそうだ」
それはセピアがアンバーとの訓練で聞いた過去の話だ。
今もアンバーとの会話は鮮明に思い出され、セピアはふっと笑みをもらした。
『俺、いつかアンバー様の故郷に行ってみたいです!』
『なんもない田舎町だぞ?』
『気になるんです!』
『そうかそうか。じゃあ今度、俺が連れていってやろう!』
その約束が果たされることはなく、セピアはアンバーの故郷に行くことを避け続けていた。
それが今、ようやく過去と向き合う覚悟ができたのだ。
アンバーの墓に向かうと、そこに人の姿があった。それも一人や二人ではなく、複数人が集っていた。
「いやあ、いつ見てもこの派手な墓はやりすぎだと思うなあ」
「いいだろう。世間でアンバーの記憶はほとんど残っていないんだから、ここでは英雄として掲げても」
「団長は俺たちの中で英雄でした」
皆アンバーと歳が近く、中にはセピアが見覚えのある顔もあった。
そんな彼らはセピアたちの足音に気づいて振り返る。
「ろ、ロドリアン公爵閣下⁉︎」
彼らはセピアの登場に驚いて一斉に頭を下げるが、一人だけ出遅れた者がいた。
その人物は彼らの中で最も若く、セピアを見るなり声を上げた。
「ロドリアン公爵といえば……ああ! 団長の息子さんのことですね」
「ばっ、かかお前!」
「えっ、団長と聖女様の子をロドリアン公爵が養子に迎えたんじゃ……」
「逆だ逆! 団長が養子に取ろうとしたんだ!」
それは初めて聞く話でセピアは目を見開く。
(アンバー様が……私を?)
しかし彼らはセピアに無礼を働いたと思い、顔を青ざめて今にも平伏しそうな勢いだった。
セピアはすぐ止めに入る。
「もしお時間があれば、私にアンバー様の話をお聞かせ願えませんか?」
冷酷無慈悲の噂を信じていたのか、彼らはセピアの姿に驚きつつも、その願いを受け入れた。
◇◇◇
場所を移動し、セピアとアイリスは部屋に招かれる。
彼らは皆、現役を引退した元騎士たちだった。
「団長の死後、騎士団はさらに崩れていきました。我々はそれに耐えられず、引退しました」
そう話したのは、アンバーが団長の時に副団長をやっていた者だった。
「もう騎士団は終わりだと、騎士を道具としか思っていない魔導士団もいずれ腐敗して、国は滅びるかもしれないとすら思っていました。そんな騎士団や魔導士団を公爵閣下が立て直してくださったのですね。本当に、ありがとうございます、ありがとうございます……」
途中で逃げ出してしまったことに対して、彼らもまた後悔の念に駆られていた。
「クラレット様が、ずっと騎士団や魔導士団を守ってくださっていました」
セピアが成人して改革するまでの間、騎士や魔導士たちを守ってきたのはクラレットだ。
アンバーをよく知る彼らとセピアは思い出話に花を咲かせ、アイリスはその様子を微笑ましそうに見ていた。
あっという間に時間が過ぎていき、セピアたちは帰るため別れを告げ、馬車に乗り込もうとした。
「あの、公爵閣下!」
そんな二人を追いかけてきたのは元副団長で、走ってきたのか息が乱れていた。
「どうなさいましたか?」
セピアは少し驚いたように尋ねると、彼はゆっくりと口を開いた。
「団長が亡くなった討伐の時……団長は俺に話してくれました。この討伐が終わったら、閣下に騎士にならないかと誘うつもりだと。それから聖女様に、閣下を……養子として迎えたいと言うつもりだと」
まだ話すべきか躊躇っているのか、彼がセピアに視線を向けることはなく、俯き加減だった。
(アンバー様はあの時……)
セピアは討伐の記憶を思い出す。
今回の討伐が終わったら二人に話したいことがあると言っていた、アンバーの言葉を。
「それから、夜に上級の魔物が襲ってきた時のことですが……」
彼は決心したように顔を上げ、言葉を続けた。
「あの時、閣下は魔力暴走を起こされました」
セピアは、まるで頭を強く殴られたような感覚がした。
それは以前セピアが考えていた、自分がアンバーを殺してしまったかもしれないという最悪の展開の答え合わせだった。
「我々は団長に避難するよう命じられ、一度はその場を離れましたが、俺は引き返しました。その時に見た光景は……倒された上級魔物にテントの大半が燃えていたり壊されていたりと酷い状況でした。俺は怖くなって、すぐ団長と閣下の姿を探しました」
セピアは一瞬耳を塞ぎたくなったが、隣にいたアイリスがセピアの手をそっと握ったことで、ハッと我に返った。
(私は……覚悟を、決めたんだろう)
過去と向き合う覚悟を。
そのために、彼の話に耳を傾ける必要があった。
「お二人はすぐに見つける事ができ、俺は駆けつけました。お二人は……団長は自我を失っている閣下を抱きしめ、ずっと語りかけていました」
彼が見た光景は、アンバーが死んでいたのではなく、まだ息があり、座り込むセピアを抱きしめながら『大丈夫だ、怖かったな、よくやった』と何度も繰り返していたという。
「団長は魔物によって致命傷を負い、意識を保つのもやっとで、血も吐いていたというのに……俺に笑顔を向けてこう言ったんです。『セピアが魔物を倒して、俺たちを助けてくれた。すごいだろう、さすがは俺の自慢の息子だ』って」
彼は当時を思い出したのか、目に涙を浮かべ、声を震わせながら話していた。
「あの時、不思議と団長には魔法を受けた形跡はありませんでした。俺に魔力暴走の知識は皆無ですが、無意識的に閣下が避けていたのかもしれないと思いました。団長は……最期まで閣下を誇りに思い、感謝していました。本当は聖女様にも、閣下の負荷になるからこのことを伝えるなと言われていました。ですが、今の閣下になら伝えてもいい気がして……今まで黙っていて申し訳ありません」
その時初めて、彼は涙を流した。
「あの時は俺たちを助けてくれてありがとうございました。俺も、他の騎士たちも閣下に感謝しています」
セピアは騎士たちが慕っていたアンバーを死なせてしまったことで、自分をよく思っていない人がいるだろうと考えていただけに、お礼を言われたのは想定外だった。
「……話していただき感謝します」
この日、ようやく真実を知れたセピアは、胸の奥からグッと込み上げてくるものがあった。
(アンバー様。実は私もあの時、騎士になりたいと言うつもりでした)
馬車に乗り込み、セピアは過去に想いを馳せる。
すると隣に座るアイリスから鼻を啜る音が聞こえ、セピアは気になって視線を向けた。
「……アイリス? 泣いているのか?」
「な、いてません……!」
アイリスは目を潤ませ、今にも涙腺が崩壊しそうな勢いだ。
しかしセピアを気遣ってか、必死で我慢していた。
「アンバー様にとっても、セピア様は自慢の息子だったんですね」
以前、アイリスからクラレットがセピアを『自慢の息子だ』と言っていたと聞きた。
二人からそう思われていたことに、セピアは嬉しくて胸が温まったと同時に──
(お二人の息子として恥じぬ生き方をしたい)
そう強く思ったのだった。
END
ここまで読んでいただきありがとうございました!
本来はクラレットの過去編も書く予定でしたが、セピアの過去編が思ったより長く、内容も重めになってしまったので、アイリスとセピアの本編後の番外編(甘め)を書いて完結にする予定です。
機会があればクラレットの過去編も…!と思っているのですが、こちらも長くて重めになりそうです。
アイリスとセピアの番外編もよろしくお願いいたします!




