14.恋い慕う相手②
「お兄様はその人が好きなのですね」
「……は」
それはオパール帝国で皇后になったオペラと初めて会った時のことだ。
近況を聞かれ、特に意識せず答えたつもりだったが、オペラにそのように言われたのだ。
「気づいていなかったのですか? お兄様、先程からその子の話しかしていませんよ。それにとっても愛おしそうな顔をしているので、好意が丸わかりです」
(私が……アイリスを?)
セピア自身アイリスと会うたび、自分では言い表せない感情が込み上げてくることに気づいていた。
しかしそれが何なのかわからず──その答えがオペラによって初めてわかった。
途端に顔が熱くなり、真っ赤に染まる。
「お兄様、その反応は……か、かわいすぎませんか⁉︎」
オペラは耳まで真っ赤にするセピアの表情を見て、嬉しそうに騒ぐ。
「あまり見ないでくれないか……」
「嫌です! こんな、こんな照れるお兄様を見られるなんて!」
「オペラ……」
オペラはオパール帝国に来てから、とても明るくなっていた。
理由は嫁いだ相手の皇太子……現在は皇帝と互いに愛し合う仲となり、幸せの道を歩んでいたからだ。
「いつか必ず、わたくしにもお兄様が慕う相手に会わせてくださいませ!」
久しぶりに会ったオペラはよく笑っていて、セピアは嬉しくなった。
◇◇◇
アイリスへの想いを自覚してから、セピアは欲を抱くようになり、神殿からアイリスを連れ出して、自分のそばにいてくれないだろうかと考えるようになった。
不本意な形ではあったが、怪我を負わせたことがきっかけとなり、アイリスと婚約して神殿から連れ出すことができた。
セピアが伝えようとした想いは、アイリスに勘違いされて制されてしまったが、返ってスムーズに事が進んだ。
アイリスと過ごす日々はセピアの心を満たし、幸せを感じる一方で復讐の念を捨てられず、その狭間でセピアは苦しみ、己を見失いかけていた。
そんなセピアを救ったのは──
『私の愛する人が命を懸けて守ったこの国を、私も守りたいの。それに、何も知らないこの国の民が幸せそうに生きていたり、死と隣り合わせの騎士団や魔導士団が国のために必死に頑張っている姿はあまりにも尊いもので……私の命がある限り、その人たちを守り続けたいと思ってしまったの』
アイリスから伝えられた、クラレットの言葉だった。
セピアは討伐を通して、アンバーやクラレットがどのような想いでこの国を守ってきたのか、誰よりも近くで見ていた。
にもかかわらず、復讐したい一心でこの国が滅びようとも構わないとすら思い、二人の想いを無下にしようとしていた。
その日、セピアは二人の記憶を蘇らせ、自分がどうしたいのか、何をするべきなのかを改めて考え、一つの答えに辿り着いた。
(私は……お二人の意志を継いで、この国を守りたい)
セピアはこの復讐に意味がないことにようやく気づき、やめることにした。
しかし……セピアは思った。この国を守るために、今の国王ではダメだと。
「ぐ……あ……きさま、余を裏切ったな……!」
表向きは病で亡くなったことにするため、セピアが直接手にかけるのではなく、毒を選んだ。
微量の毒が知らぬ間に国王の体を蝕んでいき……死が近づいて苦しむ国王を見て、セピアはこんなにも呆気なく終わるのかと思った。
「本当は、その顔をもっと歪ませて絶望させてやろうと思っていました」
その選択をしなかったことに後悔はない。
むしろ清々しい気持ちだった。
「陛下。どうか多くの人を苦しませた己の罪を思い出し、最期は反省してくれることを願っています」
「ま、で……」
必死で助けを求めるように手を伸ばす国王を無視して、セピアは部屋を後にする。
あとは誰にも最期を看取ってもらえず、孤独に死んでいくだけだ。
国王は最期まで思うがままに生きた。
オペラの嫁いだ国であるオパール帝国を侵略しようと考え、オペラを殺すことできっかけを作るつもりだった。
結果的に皇帝が庇い、受けた怪我や毒をアイリスが治したことで何も起こらなかったが、国王は本気だった。
さらに偽の聖女だったビリジアンの後ろ盾を強くするため、ビリジアンとセピアを結婚させようとしていた。二人を結婚させるにはアイリスの存在が邪魔であり、殺そうと画策していた。
しかしアイリスが本当の聖女だとわかると、すぐにビリジアンに罪をなすりつけ、アイリスを囲おうとした。
もう、いいだろうと。
これ以上黙って見ていると、国が自滅しかねない。
それを危惧したセピアは、国王を排除する選択をしたのだ。
(皇太子殿下は、立派な皇帝になってくれるだろう)
頼りなさそうに見える皇太子は芯が強く、皇太子妃と共にこの国を導いてくれるだろうとセピアは考えていた。
もちろんセピアも、最大限協力するつもりでいた。
聖女となることを選んだアイリスと共に──




