13.恋慕う相手①
セピアが自分を保てていたのは、クラレットの存在が大きかった。
しかしクラレットが亡くなった後、心に大きな穴が空いたような感覚がセピアを襲い、生きる希望すら失われていた。
(あとは国王への復讐を……いっそ殺してくれと泣き叫ぶほど、国王を苦しませてやる)
セピアは本格的にその準備を進める。
国王に騎士団の指揮も任されていたことで、騎士たちの心も掌握していた。
一方で、相変わらず無茶な討伐を命じる国王に魔導士団と騎士団の不満は溜まりに溜まっていた。
(自分の国を目の前で滅茶苦茶にしてやったら、国王の顔も醜く歪むだろうか)
セピアはただ国王へ復讐したい一心だった。
それを叶えるために、たとえ犠牲者が出ようと、国が滅びようとも構わないとすら思っていた。
そう、思っていたはずが──
「……うっ」
本当にこれでいいのかという疑問が拭いきれず、中々踏み切れないことが、余計にセピアを苦しめていた。
考えがまとまらず、己の弱さが嫌になった時は、決まっていつもクラレットに会いに行った。
(……また、彼女だ)
クラレットの墓の前には先客がいた。
それはクラレットがセピアに託したアイリスだった。
クラレットの死後、民や貴族は彼女の死を嘆いた。
連日クラレットの墓には多くの人が訪れ、涙を流しながら感謝する者が後を立たず、『聖女はたくさんの人に愛されていて幸せだっただろう』と国王は嘘の涙を浮かべながら話していた。
セピアは反吐が出そうだった。
クラレットを何も知らない人たちが涙している姿にを見て、怒りを覚えた。
そんな彼らは日を追うごとに墓から遠のいていき、一年も経てば人など来なくなっていた。
アイリスとセピアを除いて。
セピアは何度か墓でアイリスを見かけていた。
しかし声をかけることはせず、遠くからその様子を眺めていた。
(私は……本当に自分のことばかり考えていたんだな)
セピアは初めて墓場でアイリスを見かけるまで、彼女の存在をすっかり忘れていた。
クラレットに託されていたにもかかわらず、気にかけたことも様子を見に行ったことすらなかった。
そのような弱い自分に対して、アイリスは──
(彼女は一体何を考えているのだろうか)
強い眼差しをクラレットの墓に向けるアイリスが気になり、セピアは初めて声をかけた。
アイリスは公爵相手に話しかけられ、困惑している様子だった。
「私以外に来られていたのは公爵様だったのですね」
しかし最後にそう言ったアイリスは嬉しそうに笑っていて、セピアには眩しかった。
(誰かに……似ている)
その笑顔がセピアの知っている誰かに似ている気がしたが、具体的な人物は思い出せなかった。
◇◇◇
「神殿に他国と繋がっている人物がいるようなんだ。公爵よ、どうか探ってくれぬか? やり方は任せよう」
セピアにとって国王に忠誠を誓ったフリをして従うのは苦痛だったが、必死で耐えて受け入れる。
信頼のおける部下に任せても構わなかったが、ふとアイリスの姿が頭に浮かんだセピアは、自分で直接足を運ぶことに決めた。
「ほんっとに最悪! この量の洗濯をどうやって終わらせろっていうの! いっそのことお尻の部分を破いてやろうかな」
次に会った時、アイリスは苛立ちを露わにしていた。
先日の同一人物とは思えない姿に、セピアは目を丸くしてその様子を眺めていた。
「あっ……!」
アイリスは乱暴に服を干していると、その手から滑り落ちた服が宙を舞い……セピアの顔に直撃した。
冷たさと、顔が濡れていく気持ち悪さを感じながら服を手に取る。
「こ、これは公爵様……お久しぶりですね」
セピアは周囲から冷酷無慈悲と言われ、セピアをよく知る者以外からは恐れられていた。
そのことに慣れていたセピアは、アイリスに笑顔で挨拶をされて驚いた。
その後の流れるような土下座は美しく、つい笑ってしまいそうになったが、必死で堪えた。
(彼女はどうしてこうも強いのだろう)
アイリスと初めて言葉を交わしてから、セピアは彼女について調べた。
両親から愛されず、神殿では無能だと周囲から虐げられ、唯一アイリスが心を許していたクラレットは亡くなってしまった。
それなのに、アイリスの心が折れることはなかった。
明るい笑顔はセピアの心を惹きつけ、アイリスが自身の世話係になったことをきっかけに、もっとアイリスを知りたいと思った。
そうして、アイリスのことを知っていくたび──セピアの中である想いが募っていった。
仕事に追われるセピアを気遣い、心配そうに周りをウロウロしながら見つめる姿は愛おしく、美味しそうにご飯を食べる姿は愛らしい。
何より──
「あっ、公爵様!」
神殿に訪れたセピアを見つけ、嬉しそうな笑顔を向けるその姿は、鼓動を高鳴らせた。
ふと、クラレットがアイリスを『太陽みたいだ』と言っていたことを思い出す。
(ああ、彼女の笑顔が誰かに似ていると思っていたが……やっとわかった)
それは、いつしか蓋をしていた遠い昔の記憶。
太陽のように明るく、思わず目を細めてしまうほど眩しい笑顔を浮かべていた──アンバーと重なったのだ。
思い出さないようにしていたアンバーの記憶が頭をよぎり、セピアは胸が苦しくなった。




