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12.復讐への道④

 オペラが嫁いだ後、まるで父親はその時を待っていたかのように、酒に溺れて息を引き取った。

 正式にセピアが当主となった直後。


「……魔力暴走?」


 国でとある事件が起きた。

 その内容は幼い子供が魔力暴走を起こし、町一つ消えたという大惨事だった。

 魔力暴走は、魔法が発現してまだコントロールが上手くできない一年以内に発生しやすく、主に心身のストレスが原因で引き起こされるものだった。


「調査によると、その町でその子供以外に魔法を使える者がいなかったようで、異端児のように扱われ、親からも虐待を受けていたようです」


 魔法を使える者の数は年々減っていて、魔法を身近に感じられない人々が多くなっている。

 そのため、今回の事件が起きたようだ。


(魔力暴走か。自我を失い、魔力が尽きるまで魔法を使い続け、周囲の人々や建物を巻き込む危険なものだ……自我を、失う)


 ふと、セピアは疑問に思うことがあった。

 それは自身が魔法を発現させた時のことだ。


(私には魔法を発現させた記憶がない。アンバー様が魔物に襲われ、自分の無力さに怒りが湧き……それを最後に私は意識を失っていた。いや、もし自我を失っていたとしたら?)


 セピアは最悪の展開を想像し、ゾッとする。

 当時、魔法を発現させたセピアが上級魔物を倒したと言われている。しかしその時の記憶はない。

 もし、魔力暴走が起きたことによって上級魔物を倒したのであれば──本当にアンバーは、魔物に負わされた怪我で亡くなったのかと。

 もし魔力暴走によってセピアの魔法を受け、それが原因で亡くなったのだとしたら。

 それがなければクラレットの到着が間に合い、生きていたかもしれないと思えば。


「……うっ」


 セピアは突然吐き気を催し、嫌な汗が流れる。

 杞憂であってほしいと願い、セピアは魔導士たちに魔力が発現した時の話を聞き回った。

 しかし……全員魔力が発現した時は意識があった、という結果だった。

 最悪の展開が現実味を帯びる。


「新たな調査によると、他にも魔法が発現したことにより迫害されている子供がいるようです」

「……今すぐ向かって保護しよう」


 セピアはその考えから逃げるように、仕事に集中した。

 調査のあった場所に向かうと、やけに空気が冷えていた。


(なんだ、この冷たい空気……まるで氷のような)


 その時、セピアは目の疑うような光景を見た。

 一人の子供が涙を流しながら、氷の魔法を見境なく使っていたのだ。


(あれは魔力暴走か……⁉︎)


 幸いにもすぐセピアが助けたことで犠牲者はおらず、建物が壊れただけで済んだ。

 魔力暴走を起こしたのはスカーレットという少女で、早速保護した。

 最初は使用人として働いていたが、魔導士たちを見て刺激を受けたようで、すぐに魔導士団へと入団した。


「……スカーレット。君に聞きたいことがある」

「喜んでお答えします」

「だが、君を苦しませるかもしれない」

「私の苦しみは、あの時当主様が取り除いてくださいました」


 スカーレットはセピアを慕っており、その目に迷いはなかった。


「君が魔力暴走を起こした直前のことを、教えてほしいんだ」

「魔力暴走の直前……町の人たちに追い出されそうになり、怒りや恐怖、不安で心の奥底から抱えきれない感情が押し寄せてきました。その後は自我を失ってしまい、覚えておらず……申し訳ありません」


 まるで自分が魔法を発現した時と同じような感覚だと思った。

 心の底から制御できない怒りの感情が湧き上がる、あの感覚がスカーレットの中にもあり、直後に魔力暴走が発生したのだと。


「謝る必要はない。むしろ辛い過去を思い出させてしまってすまない」

「そんなことありません。当主様が助けてくださったおかげで、今はとても幸せなのです」


 スカーレットはセピアに感謝を伝える。

 しかしセピアの心には響いていない。


(私は……本当に、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない)


 セピアの中で、罪の意識が芽生えようとしていた。



◇◇◇


 セピアが二十一歳になる頃、クラレットの体調は日に日に悪くなっていた。

 それでもなお国王はクラレットを討伐に参加させ、無茶をさせていた。

 クラレットは討伐の時以外はベッドで過ごすことが増え、もう先は長くないと誰もが思っていた。


「セピア、来てくれたんだね」


 ある日セピアがクラレットに会いに行くと、以前よりもさらに痩せ細っていて、辛そうだった。


「……私はもうすぐ死ぬだろう」

「そのようなこと仰らないでください」

「自分のことだ、わかるさ。だから今日、セピアに伝えておきたいことがあってね」


 クラレットが手を伸ばし、ベッドの近くに座るセピアの頬に触れた。


「どうか、どうか幸せになってほしい。過去のしがらみなんて全部忘れて、己のために生きてほしいんだ」


 切実に訴えるような姿は、まるでセピアが復讐のために生きているのを知っているようだった。


「……ありがとう、ございます」

「本当はセピアが結婚するまで見届けたかったんだけどね……ああ、セピアを幸せにしてくれる相手は一体どこにいるんだろうか」


 セピアは結婚するつもりなどなかった。

 国王は公爵となったセピアの地位を固めるためだといって結婚を勧めていたが、今は復讐することで頭がいっぱいだった。


「私は、クラレット様とアンバー様に出会えたことが幸せでした」

「嬉しいことを言ってくれる。私も、セピアやオペラに出会えたことが幸せだったよ」


 クラレットの痩せ細った手がセピアの頭を撫でる。

 まるで最期の言葉のように思えて、セピアは目頭が熱くなった。


「それから、アイリスの花嫁姿も見たかったねえ……ああ、この世界に心残りがあるとすればアイリスのことだ」


 アイリスという名前を聞いて、セピアは金髪金眼の少女を思い出す。


(その少女を大切に想っているのが伝わってくる……その少女が、クラレット様にとって心残りなのか)


 セピアはアイリスに対して、羨ましいと思ってしまったことが恥ずかしくなった。


「セピア。前に私がお願いしたことは覚えているかい?」

「もちろんです。彼女に何かあった時は力になると」

「どうか、私が死んでもアイリスを気にかけてほしいんだ。遠くから見守るだけでいい。ただ、もしアイリスが困っていた時は、手を差し伸べてくれないかい?」

「……はい。お約束します」


 これで少しはクラレットの心が軽くなってほしいとセピアは願う。


「ありがとう」


 クラレットは涙ぐみながらお礼を言う。


「あの子はね、いつも自分を虐める相手に一人で立ち向かうほど強い子だ。けれど私の前では太陽みたいに明るくて、眩しいくらいの笑顔を見せてくれる」


 アイリスの姿を思い浮かべたのか、クラレットはクスッと笑みをもらす。


「けれど……あの子は誰にも頼らなず、一人で闘うことに慣れすぎている。いつか抱えきれずに壊れてしまいそうで私は怖い……気が向いた時で構わないから、様子を見てあげてほしい」

「わかりました。私にお任せください、クラレット様」


 クラレットと交わした言葉は、これが最後となった。

 次にセピアがクラレットに会いに行った時、クラレットは──永遠の眠りについていた。


次回より本編へと繋がります。

完結目前です。

よろしくお願いいたします!

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