11.復讐への道③
セピアが十八歳になる頃、父親は完全に仕事を放棄し、セピアは当主代理としての役割を担っていた。
その日は用があって王都に来ており、セピアはふと神殿に寄ってクラレットに会いに行こうと思った。
クラレットと再会して以降、避ける真似はせず、以前のような気まずさはなくなっていた。
「聖女様。セピア・ロドリアン様がいらっしゃいました」
神殿に着くと聖女補佐に案内され、セピアはクラレットの部屋へと入る。
その時、クラレットの纏う空気がいつもと違うことに気づき、セピアは思わず足を止めた。
(これは……警戒、だろうか)
今までのクラレットは、セピアを見るたび柔らかく笑いかけてくれた。
しかし今のクラレットはベッドで上体を起こしながら、どこか警戒したようにセピアを見ていたのだ。
「……本当に、セピアだったのね」
クラレットはすぐ安心したように息を吐き、いつも通りの様子に戻る。
「クラレット様、いったい……」
「もう出てきて大丈夫だよ」
その言葉は明らかに自分に向けてのものではないと思ったセピアは不思議がっていると、突然クローゼットの中から一人の少女が出てきた。
「……え」
その少女の姿が視界に入った途端、セピアは目を見開いて固まってしまう。
少女はクラレット以上に純度の高い金色の髪に、瞳の色まで金色に輝いており、一瞬で目を奪われる。
どこか不安そうな面持ちの少女はクラレットのそばに行き、彼女の服の裾を掴んでいた。
(間違いない。彼女は……聖女だ。それも恐らくクラレット様以上の……)
少女はクラレットに頭を撫でられ、しばらくすると金髪金眼だった姿が嘘のように、茶髪茶眼の姿へと変貌した。
「うん、落ち着いたね。じゃあ部屋に戻りなさい」
「……はい、クラレット様」
「いい子だ、アイリス」
アイリスと呼ばれた少女は、一切セピアに目を向けることなく部屋を後にした。
「……私に見せてよろしかったのですか?」
今、国王はクラレットの後を継ぐ聖女を探しているのを知っていたセピアは、アイリスの存在を隠しているのだと理解するのにそう時間はかからなかった。
「私が信頼できる相手は……セピア、貴方しかいない」
クラレットは突然頭を下げはじめ、セピアは慌ててそれを制する。
「クラレット様! 私相手に頭を下げるなどおやめください!」
「貴方も今、大変なことは知っている。けれど……もしあの子に何かあった時は、どうか力になってほしいの」
「クラレット様の願いならば、喜んで力をお貸しします。だからどうか……」
「ありがとう……ありがとう、セピア」
その後、セピアはアイリスについて話を聞いた。
聖女の力が覚醒したため、今は力のコントロールの練習をしていること。
アイリスの力はクラレットを大きく上回り、国王にそのことがバレたら終わりだと思い、隠していること。
「彼女は瞳の色まで金でしたね」
「ええ、そうよ。歴代の聖女で瞳まで金色なのは初代聖女のみだったはずなのに……」
まるで自分と同じではないかとセピアは思った。
大魔導士と同じ翠の瞳を持って生まれたことで、周りに勝手に期待され失望され……セピアと違うのは能力を隠す必要の有無くらいだ。
(隠し続けるのは大変だろう)
少しでも自分が力になれるのならと、セピアは全面的に協力する意思を表示した。
◇◇◇
しかし力を貸す機会は訪れることなく、セピアは二十歳になった。
「父上! オペラが他国の皇太子と結婚とはどういうことですか!」
オペラは残虐非道と言われる他国の皇太子に嫁ぐことが決まり、セピアは父親の部屋に行き反論していた。
父親は昼から酒を飲んで酔っており、顔を赤くしている。
「ああ? そうだあ。この国には王女がいないからなあ、オペラが嫁ぐことになったんだよ」
「オペラの身に何かあったらどうするのですか! 危険です!」
「オペラがどうなろうと、心底どうでもいい。まあ、不幸なお前たちの顔を拝めるのはさぞ楽しいだろうなあ?」
これが本当に父親なのかと、セピアは怒りを覚える。
どのような手を使ってでも阻止しよっと思っていたところに、オペラが止めに入った。
「お兄様。わたくし、嫁ぎます」
「オペラ、無理しなくていい。私が何とかして……」
「無理をしているのはお兄様の方です。国王の命に背けば無事では済みません。お兄様の努力も無駄になってしまいます」
オペラはセピアが魔導士団の改革を行ったり、父親の代わりに当主の仕事も請け負っていることを知っており、これ以上負担をかけさせたくないと思っていた。
(私はまた勘違いしていた。魔法を使えるようになり、全てが上手く進んでいると思っていた……結局未だに妹一人守れる力すらないのか)
セピアは悔しそうにしながら、オペラに視線を向ける。
「もし辛くて苦しくて、帰りたいと思った時はすぐ私に連絡してくれ。どのような手を使ってでもオペラを連れ戻すと約束する」
「お兄様……はい、ありがとうございます」
こうしてオペラは成人してすぐ、オパール帝国の皇太子に嫁いだのだった。




