8.絶望の淵③
「しばらく王宮でゆっくり休むといい」
「お気遣い痛み入ります」
「未来の大魔導士だ、大切に扱って当然だ」
セピアが声を殺して泣く中、国王と父親は二人で盛り上がり、そのまま部屋を出て行った。
(嫌だ、信じたくない……俺は、俺は)
セピアは自分を責めて責めて責め続けた。
最後に見たアンバーの姿が忘れられず、頭を抱えて泣き叫ぶ。
声が枯れ、頭が痛くなってきた頃。
セピアは絶望の中で、クラレットの姿が頭に浮かぶ。
(クラレット、様……謝らない、と)
この罪悪感に耐えきれず、セピアは衝動的に部屋を出た。
しかしクラレットの居場所がわからず、近くを通りかかった使用人に尋ねた。
「聖女様は王宮に滞在されています。部屋はひとつ上の階ですが、今は陛下が……あっ」
全てを聞き終える前に、セピアは走り出す。
クラレットに会いたい一心で、一つ上の階を目指した。
セピアは思いの外、クラレットをすぐに見つけることができた。
「貴方のせいよ!!」
とある部屋からクラレットの叫ぶ声が聞こえてきたからだ。
気になったセピアは僅かに開いていたドアの隙間からそっと中を覗き込む。
「だから余のせいではないと言っているだろう」
部屋にはクラレットと国王の姿があり、珍しくクラレットは怒りを露わにしていた。
「貴方はアンバーの方に上級の魔物がいることを知っていたのでしょう⁉︎ それも夜行性の、極めて危険度の高い魔物が!」
「もし知っていたら、余はアンバーを向かわせなかった」
普段の温厚な姿からは想像もできないほど、クラレットは泣き叫んでいた。
アンバーの死は国王の原因だと責めるクラレットに対して、国王はそれを否定し、自分も辛くて悲しいと話していた。
「もし私がアンバーの方にいたら、誰も死なずに済んだ!」
「聖女の力に自信を持っているのは素晴らしいことだ。しかし……己の力を過信して、反抗的な態度を取るのは改めた方がよい」
「何を……」
「聖女よ。その態度が今回の件を引き起こしたとは考えないのか? そなたたちの子供の件だってそうだ。そなたが余計なことをするたびに、大切な者が失われていく」
「……私のせい、だと言いたいの?」
「アンバーも子供も、そなたが死なせてしまったようなものだ。気の毒だ」
ガタッと音が鳴る。
クラレットが国王の言葉に衝撃を受け、ふらついた拍子にテーブルにぶつかったからだ。
「子供って、どういうこと……? 私たちの子は今も王宮で治療を受けているって……」
「ああ、アンバーは話していなかったのか」
「いったい、どういう……」
「そなたらの子供はとっくに死んだよ。黙ったまま逝くなんて酷いやつだ」
国王は悪意に満ちた笑顔を浮かべる。
「嘘よ、絶対に嘘だわ……!」
「アンバーに伝えた時、自分から話すと言っていたのにあいつは」
「貴方の言う通りにすれば、必ず治療してくれるって約束だったじゃない! どうして……」
「治療はしていたさ。だが本人に生きる気力がなかったのなら、仕方がないだろう」
「どうして……私は、アンバーは、今まで何のために頑張ってきたの……あ、ああ……」
その場に泣き崩れるクラレットを、優越そうに眺める国王。
「死んでやる……! 今この場で! 聖女がこの国から消えて苦しんでしまえばいい!」
クラレットは意を決したように話し、国王を鋭く睨みつける。
「ほお、本当にそれで構わないのか? アンバーが今までどのような思いでこの国を守ってきたか、そなたが一番知っているだろう? そなたが役目を放棄してしまえば、アンバーが守ってきた国や騎士たちの命が簡単に朽ちてしまうだろうな。愛する妻に見捨てられ可哀想に」
「……私たちがっ、貴方に何をしたって言うの……!」
「言っただろう? そなたの反抗的な態度が気に食わないと」
その姿を見たセピアは、心の底から言葉にできない怒りが込み上げてきた。
(全ての元凶は、王だ……)
この時のセピアは、怒りの理由を国王だと思うことで自分を保っていた。
“もしも”は決して考えないように。
(許さない……アンバー様も、クラレット様も、お二人の子も苦しめた国王を、俺は絶対に……!)
セピアの中に復讐心が芽生える。
必ず国王を痛み苦しめてやると心に誓い、それが全ての始まりだった。
幼少期時代はこれにて完結です。
ここから成人〜アイリスと出会い、本編に繋がる予定です。
もう少しだけ続きます。
最後までよろしくお願いいたします!




