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7.絶望の淵②

「俺は……」


 正直に自分の気持ちを伝えてみよう。

 そう思ったセピアは意を決して口を開いたが──


「うわあああ⁉︎」


 突然外から悲鳴が聞こえ、アンバーとセピアは慌てて外に出る。

 目に入ったのは鋭い爪を持つ、四足歩行型の上級魔物だった。


「どうして夜行性の上級魔物がここに……⁉︎」


 アンバーの表情や人間より遥かに大きい魔物を見て、セピアは緊急事態だと察知する。


「くそっ……皆、急いで逃げろ! セピアもだ!」


 アンバーは周りに避難の指示を出しながら、己は剣を抜き戦うつもりだった。


「早く!」


 アンバーの言葉通り、セピアは慌てて逃げようとしたが……その魔物と目が合ってしまう。


「ひっ」


 そのせいか、魔物は一目散にセピアに襲い掛かろうとした。

 逃げるセピアだったが、魔物のスピードがそれを上回り、剣のような鋭い手の爪が振りかざされる。

 思わず目を閉じたセピアだったが、痛みの代わりにキインと剣がぶつかり合うような感高い音が鳴り響いた。


「あ……アンバー様……」

「セピア! 無事か⁉︎」


 アンバーが魔物の攻撃を剣で受け止め、セピアを守る。

 しかし受け止めるのに精一杯で、剣を持つ手が震えていた。


「早く逃げろ! このままだと……」


 それは一瞬の出来事だった。

 アンバーの持つ剣が折れたかと思うと、そのまま魔物の爪が──アンバーのみぞおちを貫通した。

 その血飛沫がセピアの顔にかかる。


「うっ……」


 アンバーは痛みで顔を歪めた。


「アンバー様……」

「早く、早く逃げろセピア……!」


 これは夢だ、きっと悪夢だとセピアは思った。

 そうでなければクラレットがこの場にいない今、深手を負ったアンバーは助からないと。


(俺を守って……アンバー様は……俺なんかを)


 剣術を学び、下級魔物を倒せるようになったセピアは強くなれたと勘違いしていた。

 だからこそアンバーに胸を張って『騎士になりたい』と伝えるつもりだった。

 その結果がこれかと。自分はどう足掻いても無能に変わりないのだと言われているようで、セピアは悔しくて、苦しくて、気づけば上手く息ができなくなっていた。


「セピ、ア……」

「……うっ、あああ!」


 直後、心の底から湧いてきたのは己に対する強い怒りの感情だった。

 制御ができない強い感情を前に、セピアは理性が飛び──そこで意識が途絶えてしまった。



◇◇◇



 次に目が覚めた時、セピアは王宮の一室にいた。


「おお、セピアよ! ようやく目を覚ましたか!」

「……へい、か?」


 心配そうにセピアを覗き込む国王の姿があり、セピアはすぐに状況を理解できなかった。


「良くやったぞ、セピア! 魔法を発現させたと聞いた!」

「……え」


(魔法の発現……?)


 セピアには発現させた記憶がなく、戸惑っていた。


「これはめでたいことだ。そうだろう、公爵」

「本来ならもっと早くに発現するべきでした。遅くなって申し訳ありません」

「手厳しいな、公爵は」


 ふと、セピアは父親と目が合う。

 いつもは冷たい表情で心ない言葉を放たれるのだが、今日は違った。


「体の調子はどうだ?」

「えっと……平気、です」

「そうか。まずは万全の状態にするように」


 まるで自分を気遣うような言葉に、セピアは少し期待してしまう。

 心配してくれているのではと。


「さすがは大魔導士と同じ黒髪翠眼なだけあって、魔法の才は抜群だな。早速上級魔物を一人で倒したと聞いた時は驚いたよ」


 国王の言葉に、セピアは心臓が嫌な音を立てる。


(上級の、魔物……?)


 なぜかこれ以上は考えたくなかったが、嫌でも考えてしまう。

 自分が意識を失う前の記憶を辿ろうとした。


「いやあ、この国の騎士団長を失ったのは残念だが、命を懸けてセピアを守ってくれたおかげで魔法が発現したんだ。余はアンバーのことを誇りに思う」


 しかし国王の言葉を聞いて、セピアはまるで頭を強く殴られたような衝撃を受ける。


(アンバー様を、失う……?)


 まるで流れ込んでくるかのように、セピアが気を失う前の記憶が蘇る。

 突然野営に襲いかかってきた夜行性の上級魔物。

 セピアを守るように、魔物の攻撃を剣で受け止めたアンバー。

 そして──


 剣が折れ、魔物の鋭い爪がアンバーのみぞおちを貫通。

 その時の血飛沫がセピアの顔にかかり……それ以降の記憶は思い出せなかった。


「あの、アンバー様は……」

「そういえば、お前は騎士団長のことを慕っていたな。残念だが騎士団長は亡くなった。お前や仲間を逃すために魔物と戦い、命を落としたという。そんな強い魔物を、お前は魔法を発現させて倒したんだ。聖女様が不在の中、一人の死人だけで済んだのはすごいことだ。今回の件は誇っていい」


 誇れるわけがないだろうと、セピアは父親に怒りを覚える。

 アンバーはセピアを庇って死んだようなもの。

 もしセピアがもっと早くに魔法を使えていたら、アンバーが死なずに済んでいたかもしれない。


「お、おれは……」

「ははっ、アンバーはたくさん慕われていたんだな。アンバーの死を嘆く者は多い。だからこそ、騎士として誇れる死に方ができて、アンバーも嬉しいだろう」


 セピアは以前、父親が『魔導士を守るために騎士は存在している』という言葉を思い出す。

 国王もそう思っていることが、話を聞いてわかった。

 もちろんセピアはそんな風に思っていないが、自分のせいで亡くなってしまったと思うと、苦しくて涙が止まらなかった。


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