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5.苦しみの中で③

 序盤の討伐は順調だった。

 しかし、足を進める度に魔物が強さを増していく。

 怪我人の数もどんどん増え、クラレットの出番が多くなっていた。

 怪我人の大半が騎士で、怪我の内容もどんどん重くなっていく。


(あれ……あの騎士、三回目なんじゃ)


 クラレットのそばにいるセピアは、ふと異変に気付いた。

 それは同じ騎士が何度も治癒されていることだ。


「くっそ、あんなの倒せるわけねえだろ……」


 チッと舌打ちしながらも、嫌々前線に戻る姿はまるで最初から諦めているように見える。

 クラレットも治癒の回数が増えるたび、なぜか表情を暗くしていった。


(なんだ、これ……)


 あまりの怪我人の多さに、セピアは想像以上に今回の討伐が危険なのだと思い知らされる。


「お願い、します……もう治さないでください聖女様」

「あああ、戻りたくない……戦いたくない!」


 治癒された騎士はどんどん様子がおかしくなっていき、治さないでくれと懇願する者もいた。


「あー、またこれかよ。本当に騎士って弱いよなあ」

「聖女様や俺たち魔導士がいないと今頃全滅してるぜ」


 後衛の魔導士たちはその様子を見て鼻で笑う。

 子供のセピアでもわかるほど、前衛と後衛で温度差が違っていた。


「ごめんなさい……ごめん、なさい」


 クラレットはいつしか謝罪の言葉を口にしながら、騎士を治癒していた。

 今にも泣きそうな顔をしていたが、セピアにはその理由がわからなかった。


(どうしてクラレット様が謝るんだろう……みんな、感謝しているはずなのに)


 クラレットがいなければ、今頃死人が出てもおかしくない状況だ。

 死から守っているクラレットを誰も責めるわけがないと、セピアは疑問に思っていた。

 しかし必死で怪我人を治癒しているクラレットに声をかける勇気などなく、ただ静かにその様子を見ていることしかできなかった。


 その時、前方から魔物が現れる。

 前衛の騎士たちから逃れてきたのか、こちらに突っ込む勢いだ。


「……あ、クラレット様! 危ない!」


 魔物は治癒の途中であるクラレットに狙いを定め、襲いかかる。

 セピアは考えるより先に体が動き、クラレットを庇う。魔物に腕を噛みつかれ、言葉にならない痛みが走った。

 その後、すぐに近くの魔導士たちが魔物を倒したことで、大事にならずに済む。


「う、ああ……!」


 セピアは腕を見ると、肉が削がれて骨が見えていた。

 全身から汗が流れ、いっそこのまま気を失いたくなる。


「セピア!」


 その場にうずくまるセピアの名を呼んだクラレットは、急いで治癒を施す。

 痛みが嘘のように引いていき、あっという間に腕が元通りになった。


(す、すごい……これがクラレット様の力……)


 聖女の力に圧倒されていると、クラレットはセピアを叱り出した。


「何をしているの! 私を庇う必要なんてないわ!」

「だ、だって……クラレット様が襲われそうに」

「私はこの力があるのだから、怪我をしても平気なの!」


 平気なわけがないとセピアは思ったが、苦しそうに顔を歪めながら怒るクラレットに、何も言い返すことができなかった。


「……痛かったでしょう」

「すぐに、クラレット様が治してくれたので大丈夫です……ありがとうございます」

「いいえ、お礼を言うのは私の方だわ。お願いだから二度と危ないことはしないでちょうだい」


 クラレットはセピアの頭を軽く撫でた後、再び己の役割に戻った。



◇◇◇


 その日の夜、セピアは中々寝付けなかった。

 討伐後の重苦しい空気やクラレットの辛そうな表情を思い出すと、眠れそうになかったセピアは外の空気を吸うことにした。


「……あれ」


 外に出るなり一人の騎士を見かけ、セピアは足を止める。

 その騎士は討伐で何度も怪我をしてはクラレットに治癒されていた者で、セピアは顔を覚えていた。


(なんだろう……様子がおかしかったような)


 目が虚ろだった騎士の様子が気になり、後を追う。

 騎士は野営から離れ、森の中へと入っていく。

 セピアは見失わないようについていくと──


「なっ……⁉︎」


 騎士は己の剣を抜き、自身の心臓を刺そうとした。


「だ、ダメです!」


 セピアは慌てて止めに入る。

 騎士の腕を掴んだが、力の差が大きくびくともしない。


「頼むから、止めないでくれ」

「なぜ死のうとするのですか! クラレット様が……必死で貴方を守ろうとしたのに!」


 セピアは今日、ずっとクラレットのそばにいた。

 何度も何度も騎士を死なせないために力を使い続けたクラレットを見てきたからこそ、自害するなど失礼だと思った。


「お前は……そうか、まだわかっていないのか」


 騎士は相手がセピアだとわかるなり、力なく笑う。


「確か聖女様を守って魔物に襲われていたな」

「……?」

「怪我を負った時、どういう気持ちだった?」


 意図のわからない質問だったが、セピアは正直に答える。


「言葉では表現できないほど痛くて……全身の汗や震えが止まらなくて……ですが、クラレット様がすぐ治してくださったので」

「一度や二度なら、俺も平気だっただろう」


 クラレットのおかげで自分が生きていることをアピールしようと思ったが、騎士がセピアの言葉を制するように話し始めた。


「でも俺は……俺たち騎士は、怪我を負うたびに聖女様に治癒され、再び前線に送り出されるんだ。その怪我も軽いものではない。内蔵が損傷したり、手足の骨が粉々になったこともあった……たとえ怪我が治ろうと、その時の痛みは到底耐えられるものではない。まるで終わりのない拷問のようだ」


 セピアその話を聞いて、自分に置き換えて考えてみた。

 もし今日負った怪我の痛みが繰り返されたら……そう考えるだけでゾッとした。


「国王は聖女様がいる限り死ぬことはないといって、年々無茶な討伐が増えている。最近では近隣国との戦争も起こすのではと言われているほどだ」


 セピアは一度、父親に紹介されて国王に会ったことがある。

 その時の国王はとても民想いで、セピアにも優しい言葉をかけてくれた温かい人だと思っていただけに、すぐにはその話を信じられなかった。


「俺はもう耐えられない……団長みたいに強かったら良かった。でも弱い俺がこの地獄から抜け出すためには、自分で死ぬしかないんだ」


 騎士は剣を強く握り直す。


「頼む、どうか死なせてくれ。このまま何も見なかったことにして戻ってくれないか。どうか頼む……」

「……っ」


 切実なその姿を前に、セピアは言葉が出なかった。

 ただ騎士の言う通り、背中を向けてその場を去る。


「ありがとう」


 最後に耳に届いたのは感謝の言葉だった。


(俺は……俺は、何もわかっていなかった)


 前線で戦う騎士の気持ちも、治さないでくれと叫ぶ騎士に謝りながら助けるクラレットの苦しみも、何一つわかっていなかった。


「……うっ」


 いつまでも甘い考えの自分が嫌になっていると、野営に着く前に何かとぶつかってしまう。

 その反動で尻餅をつき、顔をあげると──


「アンバー、様……」


 そこにはアンバーの姿があった。


「アンバー様、あのっ……」


 騎士の話をしようか迷っていると、アンバーは屈んでセピアの頭に手を置く。


「話さなくていい」

「えっ……」

「全部、わかっている」


 あの明るい笑顔が特徴的なアンバーとは思えないほど、辛そうに顔を歪めていた。


「なあセピア。討伐で最も多い死亡理由は何か知っているか?」

「それは……」

「自害だ。この生き地獄に耐えられず、自ら命を絶つ」


 アンバーの言葉は重く、セピアは思わず息を呑む。


「俺がもっと強ければ……団長として周りを引っ張っていけたら、その悲劇は少しでも減らせただろう。俺は弱い。無力で、大切な部下一人守れない」


 あの明るさの裏で、苦しんでいるとは到底思っていなかったセピアは己を恥じる。


「でも、仲間の死は無駄にしたくない。だから俺はこれからも、騎士団長として歩んでいくんだ」


 そう言って無理矢理笑おうとするアンバーを見て、セピアは胸が痛んだ。



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