4.苦しみの中で②
「ではお二人は本当に夫婦なのですか?」
移動がメインだった初日の夜。
野営から少し離れたところで、セピアは前回のようにアンバーに剣術を教えてもらっていた。
その時にアンバーとクラレットが結婚していることを知り、驚いたように声を上げる。
(アンバー様とクラレット様が親なら幸せだろうなと思っていたけど……)
思わず剣を持つ手が止まった。
「お二人の子は、いるのですか?」
セピアは質問してすぐ後悔した。
もし自分の求める答えでなければ、苦しくなるからだ。
少しの間が空いた後、アンバーは質問に答えた。
「……ああ、いるぞ。男なんだが、セピアより歳が少し下なだけで、会えば仲良くなれるかもな」
笑顔で話すアンバーに対して、セピアは暗い気持ちになっていく。
(羨ましい……お二人の子が)
自分と同じ性別で、歳も近い。
ただ二人の子供というだけで、一身の愛を受けて幸せな環境の中育っているのだろうと思うと、醜い感情が湧いてしまう。
「それより、『本当に夫婦なのか』ってどういうことだ?」
「いえ……ふと、お二人が俺の親だったらと考えたことがあったので……本当に夫婦だと知って驚いただけです」
「なるほどなあ? まだ会って間もないのに、もう俺たちのことを慕ってくれているのか」
セピアは深く考えないまま正直に答えてしまい、アンバーはニヤニヤと嬉しそうに笑う。
「ち、違っ……深い意味はなくて!」
(俺は何を言っているんだ!)
セピアは恥ずかしくなり、顔を真っ赤にする。
慌てて言い訳をしたが、アンバーの表情は変わらない。
「そうかそうか。この可愛いやつめ」
「は、早く訓練の続きを……!」
先程の暗い気持ちは何処へやら、アンバーの笑う姿はセピアの心を明るく照らす。
セピアもつられて笑いそうになった時だった。
「また剣術を学んでおられるのですか?」
「……っ⁉︎」
突然魔導士団長が現れた。
セピアは全身から血の気が引いていき、頭が真っ白になる。
「あれほど閣下に騎士と関わるなと言われていたのに……まったく、魔法の才もなければ学習能力もないのですね」
大きなため息を吐きながら、魔導士団長はセピアの腕を掴もうとした。
しかしその手をアンバーが払う。
「これはこれは、騎士団長殿でしたか。直々に教えられていたのですね」
魔導士団長はアンバーを見ると鼻で笑い、見下したような発言をする。
「まったく、セピア様に余計なことを吹き込んでくれしたね。貴方のせいで、セピア様は死にたがりな騎士に憧れているのです。早く行きますよ、セピア様。今回も閣下にしっかりと報告しますので……」
「い、嫌だ」
セピアは無意識にアンバーの服を掴む。
このまま魔導士団長の元に行けば、自分は何も変わらないまま、周りに怯えて生きていく人生を歩み続けるのだと思うと怖かった。
「悪あがきはおやめください。時間の無駄です」
「セピア」
魔導士団長の言葉を無視するように、アンバーはセピアの名前を呼ぶ。
「君はどうしたいんだ?」
「……俺は」
すぐに答えが出ず、俯いてしまう。
ここで剣術を教わりたいと言えば、父親に暴力を振るわれるだけでは済まないかもしれない。
本当に家から追放されてしまうと、居場所のない自分はどこに行けばいいのだという恐怖と不安に支配される。
「セピア、何も恐れる必要はない。俺はただ、君の意思を知りたいだけだ」
アンバーの真っ直ぐな視線は大丈夫だと言われているようで、セピアは勇気を出して自分の気持ちを口にした。
「俺は剣術を学んで強くなりたい……何もできない自分は嫌だ……!」
「よく言った」
怖くて魔導士団長の反応は見れなかったが、アンバーの大きな手がセピアの頭に置かれ、安心感が芽生える。
「なっ……正気ですか⁉︎ 今すぐ撤回しないと、必ず閣下に報告して罰を受けていただきますよ! これ以上ロドリアン公爵家や我々魔導士たちに恥をかかせるつもりですか!」
「……うるさいな」
魔導士団長が怒りながら騒いでいると、アンバーは声のトーンを落としてそう言い放った。
「何を……」
「そういえば、魔導士団長殿に話があったことを思い出しました」
アンバーはニコッと作り笑いを浮かべたかと思うと、魔導士団長の耳元でボソッと何かを呟いた。
セピアは上手く聞き取れずにいると、突然魔導士団長の顔色が変わる。
「な、なぜそれを……!」
「おや、カマをかけたつもりでしたが……その様子だと事実だったみたいですね。つまり、このことをロドリアン公爵閣下に伝えれば、貴方への信頼は地に落ち、その座も剥奪されることでしょうね」
「一体何がお望みですか」
あれほど横柄な態度をとっていた魔導士団長が、突然大人しくなる。
「セピアが剣術の訓練を受けることを口外しないでください」
「まさか、セピア様を守るためだけに脅したのですか? 彼にそれほどの価値があるとは思えませんが……」
「上辺だけで相手を見極める貴方には理解し難いでしょうね」
煽るようなアンバーの言葉に、魔導士団長は苛立ったようで、怒りをぶつけるようにセピアを睨みつけた。
「セピア様、本当によろしいのですか? もしこのまま剣術を教わるようであれば、たとえ魔法を発現させようと、決して魔導士団はセピア様を受け入れませんよ」
少し前のセピアであれば、その脅しは十分に効果があっただろう。
しかし今のセピアには心強い味方がいる。
「……構いません」
セピアの目にもう迷いはなく、魔導士団長は舌打ちしながらその場を去った。
「セピア! よく頑張ったな!」
「わっ……」
先程まで真剣だったアンバーはすぐ笑顔になり、セピアの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「見たか? 俺だってやられっぱなしの弱い騎士団長様じゃないんだぞ。格好いい俺を見て少しは見直しただろ」
「お、れにとっては……アンバー様はいつも格好いいです」
「おお! そうかそうか! セピア、君は本当に可愛いやつだ」
アンバーの力も借りたが、勇気を出して魔導士団長を追い払ったことで、それがセピアの自信に繋がる。
外は真っ暗だというのに、アンバーの笑顔は思わず目を細めたくなるほど眩しかった。




