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3.苦しみの中で①

 乾いた音がロドリアン公爵家の執務室に響く。

 公爵であるセピアの父親が、セピアの頬をぶったのだ。

 その衝撃に耐えられず、セピアは後ろに倒れてしまう。


(何が、起きて……)


 手加減なく叩かれ、セピアの口の端が切れて血が流れ始める。

 痛みが強く状況を理解できないでいると、父 親はようやく口を開いた。


「お前はこの家に泥を塗りたいようだな」

「……っ⁉︎」


 父親はまるでセピアを立たせるかのように、髪を強く引っ張る。


「魔導士団長から話は聞いている。低俗な騎士に剣術を教えてもらっただと? お前はバカでもできるような剣を振るだけの騎士になりたいのか? 魔導士の血筋でありながら?」


 激昂しているのが見てわかったが、それでも危険の伴う前線で戦う騎士に向けての言葉とは思えず、セピアは勇気を出して言い返す。


「お言葉ですが、騎士にも誇りがあります。魔法が使えなくても強くなるために……」


 しかしそれ以上話すなとでもいうように、父親はセピアの口を塞ぐように片手で掴んだ。


「いいか、よく聞け。騎士は魔導士を守るために存在するのだ。そのために死ぬのは厭わない。魔導士を守って死んでこそ、騎士の誇りと言えるのだ。お前はそんな死ぬ要員になりたいのか?」


 まるで騎士は死んで当然とでも言いたげな父親の言葉に、セピアは大きな衝撃を受ける。


「これ以上恥を晒し続けるなら、たとえお前が嫡男であろうとこの家から追放する。それが嫌なら死ぬ気で魔法を発現させろ、いいな」


 突き飛ばすように解放されたセピアは、息を乱しながら部屋を後にする。


(泣くな……俺は、強くなると決めたんだ)


 油断すると涙腺が決壊してしまいそうで、大丈夫、大丈夫だと何度も自分に言い聞かせる。

 せめて部屋に着くまで我慢しようと思っていると、廊下を歩いていた母親とオペラに遭遇した。


「あっ、お兄様……!」

「……オペラ」

「お兄様、血が出て……」


 オペラは先日の討伐以来、より一層セピアに懐くようになっていた。

 今日もセピアを見つけるなり嬉しそうな顔をしていたが、すぐ怪我に気づいて心配そうに駆け寄ろうとした。

 しかしそれを母親が止める。


「オペラ、やめなさい」

「ですがお母様、お兄様に血が……」

「放っておきなさい。まったく、あれを兄と呼ぶ必要はないと何度も言っているのに」


 呆れたようにため息を吐く母親は、セピアに対しての嫌悪感を隠さない。

 魔導士の特徴をした男児を産むまでは良かったものの、魔法が発現しないことで母親にも責任が問われ、いつしか疎まれるようになっていた。


「あの出来損ないは一家の恥ね」

「お兄様……きゃっ」


 オペラは再びセピアに駆け寄ろうとしたが、母親に腕を強く引っ張られてしまう。


「いい加減にしなさい! あれは貴女の兄ではないわ!」


 母親はオペラを怒鳴りつけ、強引にその場を後にした。

 廊下で一人残されたセピアは俯き、今にも涙が零れ落ちそうだった。

 たまたま近くにいた使用人は同情の目を向けながらも、声をかけることはせず去っていく。


(大丈夫……もう、慣れているから……)


 なんとか涙を堪えて部屋に辿り着く。

 周囲の目が完全になくなった時、ようやくセピアは声を殺して泣いた。

 苦しみの中で頭に浮かんだのは、優しく抱きしめてくれたクラレットと、明るく眩しい笑顔をしたアンバーの姿だった。


(二人が親だったら……きっと、誰よりも幸せなんだろうな)


 剣術を教えてもらったことで父親の怒りを買ってしまったセピアは、もう二人に会うことはないだろうと思っていた。



◇◇◇


 二人との再会は、意外とすぐにやってきた。

 父親がセピアに対して討伐に参加するよう命じたのだ。

 その際に「騎士と一切関わるな」と釘を刺されたが、それでも二人に会えるかもしれないという希望が大きかった。


 当日になり、セピアは魔導士たちの冷ややかな目が気にならないほど期待を膨らませていた。

 討伐には今回もアンバーとクラレットが参加しており、早速二人はセピアの存在に気づく。

 セピアは嬉しそうにしながら駆け寄ったが……なぜか二人は戸惑いの色を浮かべていた。


(……どうして)


 二人はきっと自分を見つけるなり柔らかく微笑んでくれるとばかり思い込んでいたため、予想を裏切る反応にその場で固まってしまう。


(俺は何を期待して……魔法も剣も使えない俺なんて、邪魔でしかないのに)


 途端に恥ずかしくなったセピアは、力のない笑みを浮かべた。


「この間はありがとうございました。ただ……お礼が、言いたくて」


 平静を装おうとしていたが、我慢できずに声が震えてしまう。

 突然泣き出して余計に面倒がられることを恐れたセピアは、急いでその場を後にしようとした。


「待って……!」


 しかし背を向けたタイミングで、クラレットがセピアを呼び止める。


「変な態度になっていたわよね、ごめんなさい。少し、驚いてしまって……また会えて嬉しいわ」


 セピアが振り返ると、クラレットは優しく微笑み、彼の頭にそっと手を置いた。


「セピア。今日はどうして討伐に参加することになったんだ?」


 クラレットの隣にいたアンバーはやけに真剣な顔つきで尋ね、セピアは嘘偽りなく答える。


「魔導士になるための勉強だと、父上に言われました」

「アンバー……やっぱりおかしいと思うの」

「そうだな」

「……?」


 二人は深刻そうに話しており、セピアは首を傾げる。

 自分がいては足を引っ張ってしまうため、邪魔なのではと不安に思っていると、今度はアンバーがセピアの頭を少し乱暴に撫でた。


「わっ……⁉︎」

「いいかセピア、よく聞くんだ。前回、君が参加した討伐は比較的危険度が低く、まだ安全だった。だが今回の討伐は違う。魔物のレベルが高く、一歩間違えれば大きな怪我を負い、命の危険に晒される。だから絶対にクラレットのそばを離れるんじゃないぞ」


 アンバーの表情から、今回の討伐がかなり危険であることが伝わってきた。


「約束できるか?」


 セピアはアンバーの言葉に頷き、約束する。

 セピアにとって二度目の魔物討伐が始まろうとしていた。


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