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2.運命の出会い②

「い、痛いよ! お兄様、助けて……!」


 オペラは肩から血を流しながらボロボロと泣き始める。

 しかし魔物は二人を獲物と認識しており、再び噛みつきそうな勢いだった。


(どうする……どうすればいい。俺に、何かできることは……)


 焦りが先行する中、魔法が使えない己に嫌気がさす。


(どうして俺は妹ひとり守れる力がないんだ……いっそのこと、俺が)


 自分は必要のない存在のため、ここは身を挺してでも守るべきだと判断したセピアは、魔物から隠すようにして抱きしめる。


「大丈夫だ、俺が命に替えても守ってやるからな」


 オペラを安心させるために声をかける。

 本当は怖くてたまらずに全身震えていたが、後悔はなかった。

 魔物がセピアに目掛けて襲い掛かろうとした時、一人の男が現れ、それを阻むようにして魔物を剣で斬りつけた。


「よく持ち堪えた。もう大丈夫だ」


 一瞬にして魔物を倒した男が振り返ると、深く鮮やかな赤色の髪が靡く。


「アンバー! 子供たちは……」

「ああ、二人とも無事だ」


 圧倒的な強さを目にして呆然としていると、今度は聖女のクラレットがその男の名を呼びながら現れた。

 心配そうにセピアたちに駆け寄り、すぐオペラの怪我を治癒する。

 大泣きしていたはずのオペラは、突然痛みが消えたことに驚くあまり涙が引っ込んでいた。


「貴方たちが無事で良かった……怖かったでしょう」


 クラレットはセピアたちをそっと抱きしめる。

 セピアにとってその温もりは初めて感じるもので、堪えていた涙が溢れてしまった。


「おれ、何もできない……無能で」

「何言ってるんだ。君が命懸けで妹を守ろうとする姿はとても勇ましかったぞ」


 セピアの頭をそっと撫でるクラレットの隣で、アンバーが笑顔で声をかける。


「君は弱くない。な、クラレット」

「そうよ。よく頑張ったわね」


 心配されるのも、抱きしめられるのも、否定されずに温かな言葉をかけてくれるのも……全てが初めての経験だった。

 心の奥にしまっていた感情が溢れ出るように、セピアは声を出して泣いた。

 それに釣られてオペラも泣き始め、クラレットとアンバーは二人が落ち着くまでずっとそばにいた。



◇◇◇


 泣き止んだ後、セピアは涙で赤くなった目でアンバーを見つめる。

 先程、魔物を一瞬にして仕留めた力強い剣筋を思い返していた。


「あの、俺に剣術を教えてくれませんか」


 魔法が使えない己は弱いと思っていたセピアにとって、アンバーの存在は衝撃だった。

 魔法がなくても強くなれる。

 その事実がセピアに希望を与えた。


「俺は魔法が使えません。だけど強くなりたいんです」

「ああ、良いぞ! 俺が強くするために教えてやる」


 アンバーは太陽のように明るい笑顔を浮かべて快諾した。

 早速討伐の合間に時間を作ってくれ、剣術を教えてもらっていた日の夜。

 セピアは初めて触れた剣に興奮して眠れず、少し風に当ろうと外に出ると、揉めるようなやり取りが耳に届いた。

 物陰に隠れながらそっと確認すると、アンバーと一人の騎士が話していた。


「団長! 魔導士の子供に剣術を教えるのはおやめください! ただ教えを乞われただけで団長は何も悪くないのに、魔導士団長に責め立てられていましたよね⁉︎」

「俺が教えたいと判断したんだ」


 騎士はアンバーのことを「団長」と呼び、セピアはこの時初めて彼が騎士団長であることを知って驚く。

 しかしそれ以上に、剣術の訓練を魔導士団長に見られていたことに対して嫌な予感がしていた。


「なぜですか! 魔法が使えない代わりに、軽い気持ちで剣術を教えて欲しいと言ったにちがいありません!」

「勝手な憶測で話さないでくれ。あの子の目を見たら、どれだけ本気かわかる」

「しかし魔導士たちは我々騎士を見下しているんですよ! その子供も魔法が使えるようになったら、すぐに態度を変えてきます!」


 セピアは魔導士団と騎士団の仲が良くないと、討伐隊の雰囲気を見てそれとなく察していた。

 しかし想像以上に溝は深かったようで、魔導士だけではなく騎士も自分を受け入れてもらえず、どこにも居場所がないのだと悟る。


「俺はそう思わない。己の環境に屈せず、それでも強くなりたいと前を向く姿に心打たれたんだ。だから俺はこれからも、あの子が望む限り剣術を教える」

「団長……!」


 アンバーは意思を変えるつもりはなく、強い決意が表れていた。

 誰からも期待されず、見放されてきたセピアにとって、自身を受け入れてくれたアンバーの姿が嬉しく泣きそうになる。


「あら。明日も早いけれど、寝なくて大丈夫?」

「……っ、聖女、様……」


 突然背後から声をかけられ、セピアは驚いたように振り返ると、クラレットの姿があった。

 魔導士たちではないかとヒヤリとしたが、すぐ安心したように息を吐く。


「今日は疲れたでしょう?」


 そう言って温かな笑みを浮かべるクラレットは、セピアの隣に立った。

 好意的な視線を向けられるのに慣れていないセピアは、咄嗟に俯いてしまう。


「今日は……オペラを、妹を助けていただきありがとうございます」


 魔物に襲われ、深い怪我を負ったオペラを一瞬で治した聖女の力は凄まじかった。


「妹を守る貴方はとても立派だったわ」


 クラレットの手がセピアの頭を撫でる。

 抱きしめられるのも、頭を撫でられるのも、優しい言葉の数々も……セピアにとって初めての経験ばかりで、胸の奥がくすぐったくなった。


 こうしてアンバーとクラレットの出会いは、今後の運命を大きく変えた瞬間となった。


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