1.運命の出会い①
※セピアの過去編になります。
“黒”は、数々の優秀な魔導士を輩出し、魔導士団を統率するロドリアン公爵家を象徴した色である。
特に黒い髪を持って生まれた人間は、高い魔力を持つ証とされていた。
そんなロドリアン公爵家に、大魔導士として世にその名を轟かせた初代当主と同じ、黒髪翠眼の男児……セピア・ロドリアンが誕生した。
過去に一度も翠の瞳を持って生まれた者がいなかったことで、大きな期待に包まれた。
しかしセピアは、魔法が発現されると言われている五歳になっても、その力が使えることはなかった。
次第に周囲の期待は失望へと変わっていき、セピアを追い詰めていった。
両親もセピアのことは単なる都合のいい道具としか見ておらず、まともに会わず厳しい訓練を強要するだけ。
さらにセピアが七歳になった頃、まだ三歳の妹・オペラが魔法を発現したことで、状況は悪化する一方だった。
「おにい、さま……」
屋敷の廊下でオペラと会った時、彼女はセピアに泣いて縋った。
親は魔法が使えないセピアに代わってオペラに訓練を強い、彼女の腕や足には怪我の痕があった。
(俺が魔法を使えないからだ……)
とても訓練でついたとは思えない鞭の痕もあり、セピアは力のない己を恥じた。
状況は変わらないまま一年が過ぎた頃、父親は二人に討伐に参加するよう命じた。
「そんな、俺は構いませんがオペラはまだ四歳です!」
「お前のせいで公爵家は笑い者にされているんだぞ。わかっているのか? 威信を保つためにも、あの歳で魔法を使えるようになったオペラは必ず参加させる。それが嫌なら早く魔法を発現させろ、この無能が」
父親の冷たい言葉はセピアの心を抉る。
期待のない目は、すでにセピアの魔法が発現するのを諦めているようだった。
こうしてロドリアン兄妹は、討伐に参加させられることになってしまった。
◇◇◇
討伐隊は騎士団と魔導士団から編成される。
前線で戦うのは騎士たちで、魔導士は守られながら後衛で攻撃する。
今回見学することが目的だったロドリアン兄妹は、危険な目に遭うことはない。
しかし初めての討伐にセピアは緊張していると、ふとある人物に目を奪われた。
(すごい……綺麗な金色の髪)
視線の先には、純度の高い金髪が美しく輝いている聖女のクラレットがいた。
毎回、討伐には圧倒的な治癒の力を誇る聖女も参加しており、それがクラレットだった。
(あの人が聖女様なんだ)
金色の髪は聖女の証。
クラレットはその見た目通り聖女として役割を果たし、人々に讃えられている。
セピアは大魔導士と同じ見た目をしながら無能な自分と比べてしまい、胸が締め付けられていると……視線に気づいたクラレットと目が合った。
「……っ」
クラレットは柔らかく微笑み、優しい眼差しを向ける。
そのように微笑まれるのは初めてで、慣れないセピアは咄嗟に俯いてしまった。
(今のは……なんだろう)
魔法が使えないセピアは蔑んだ目で見られることが多い。
少数派ではあるが、屋敷の使用人からは同情の目を向けられている。
しかしクラレットはそのどちらも該当しない目をしていて、胸の奥がじわりと温かくなった。
(こんな気持ち、初めてだ)
言葉では表現できない感情に戸惑いながらも、悪い気はしなかった。
むしろ、今日は良い日になりそうだという謎の自信すら湧いていたが、クラレットではない周囲の視線や態度、言葉がセピアを現実に連れ戻す。
「セピア様、決して我々の邪魔だけはしないでください。いいですね?」
つい浮かれそうになっていたセピアを鋭く睨みつけながら冷たく言い放ったのは、体格のいい魔導士団長だった。
一応敬語は使っていたが、言動や態度はあからさまにセピアを見下している。
魔導士団長がそのように接しているため、他の魔導士たちも自然と舐めた態度になっていた。
「魔法が使えないくせによく来れるよな」
「あれは魔導士の恥だ」
「それに引き換え妹のオペラ様はまだ幼いのに……」
心ない言葉の数々によって、俯き加減になっていくセピアは、今回の討伐でより一層自分は無能で期待外れ、“必要ない存在”であることを思い知らされた。
(俺は何を期待していたんだ……いっそ、このまま消えてしまいたい)
涙が溢れそうになった時、隣にいたオペラが嬉しそうに声を上げた。
「わあっ、可愛い……!」
オペラの視線の先には、道の脇から現れた、手のひらサイズの白くて丸い、ふわふわした生き物があった。
目がひとつついており、セピアはそれが魔物ではないかと危険を察知する。
「オペラ、触っちゃダメだ」
「ふふっ、あっちに来て欲しいのかな」
「オペラ!」
オペラはその生き物に夢中で、道から外れた木々の生い茂る森の中へと入っていく。
慌ててセピアがついていき、オペラの腕を掴もうとしたが……突然その生き物が人よりも大きいサイズに変化し、牙のついた口でオペラを襲った。
「きゃあ……!」
「オペラ!」
肩に噛みつかれ、オペラはその場に尻餅をつく。




