48.明るい未来へ
本物の聖女が誕生した──
パーティーであった日の出来事は瞬く間に国中に広がり、私が聖女であることが公になった。
偽の聖女となったビリジアンは、自身が本物だと偽った罪と共に私を殺害しようとした罪も着せられ、現在は捕らえられている。
きっと国王もティアン侯爵もビリジアンを助けるどころか、己の罪まで全て被せるつもりだ。
「あの、セピア様」
その話をセピア様から聞いた時、彼女もまた被害者なのではないかと思った。
「ビリジアンはどのような罪になるのでしょうか」
「聖女を偽るどころか、本物の聖女を殺害しようとした罪は謀反に等しいとされる。重罪は免れないだろう」
「そんな……ビリジアンは確かに悪いことをたくさんしてきました。ですが、周りに利用された挙句、罪を全て着せるなんて……どうすることもできないのですか?」
もし私がビリジアンの立場だったら?
悪に染まらない自信があっただろうか。
「君は彼女に何をされたのか忘れたのか? 他にも彼女の悪事で被害にあった者も多い」
セピア様は重罪と言葉を濁したけれど、その罪が謀反に等しいなら恐らく死刑を指すだろう。
「ビリジアンはまだ若く、未来があります。本当に罰せられるべき人はのうのうと生き続け、ビリジアンは機会すら与えられないのですか」
「……そうだな」
セピア様は少し考えた後、再び口を開く。
「私にできることは、本当に機会を与えることだけだ。彼女の過去の罪を考える限り、もう貴族としては生きられないだろう。あとは彼女次第だ」
「セピア様……! ありがとうございます」
セピア様の言った通り、今後ビリジアンがどうするかは彼女次第だ。
ただ今度は、自分らしい生き方をしてほしいと願う。
「そういえば、あの……」
聖女だとバレてから、かれこれ一週間が経とうとしている。
それなのに未だ国王からの接触がないことに不安が募っていき、思い切ってセピア様に尋ねることにした。
「国王……陛下は、大丈夫でしょうか?」
抽象的な聞き方だったが、セピア様には伝わったようで、私を安心させるように柔らかく微笑んでくれる。
「ああ、問題ない。実は明日、君と国王陛下に会いに行こうと思っていた」
私の前では『国王』と呼んでいたはずのセピア様が、やけに丁寧な呼び方をしていて少し引っかかる。
けれどついに国王に会う時が来たのだと思うと、緊張する自分がいた。
「先日のパーティーで君に『もう少しの辛抱だ』と言っことを覚えているか?」
「はい、覚えています」
忘れるはずがない。
不安の中で優しさに満ちたセピア様の言葉は、はっきりと覚えている。
「ようやくその時が来たんだ。もう不安に思うことは何もない」
「……え」
「私が信用できないか?」
そう尋ねられてしまうと、首を横に振るしかない。
私はセピア様のことを信じているからだ。
「明日、全てが変わるだろう」
そう言って笑うセピア様はどこか吹っ切れたような、清々しい姿だった。
一方で私には悩みがあった。
それは、パーティーの日にセピア様に想いと覚悟を伝えるはずが、完全に言うタイミングを逃してしまったことだ。
セピア様が目覚める直前に好きだと告げて頬に口づけしたけれど、まだ意識がなかったのか、そのことに関して一切触れてくることはなかった。
時間が経てば経つほど躊躇ってしまいそうで、勇気を出して明日、国王に会った後に話そうと心に決めた。
◇◇◇
翌日。
ついに私は聖女として、国王に会う時が来た。
緊張はしていたけれど、セピア様が隣にいてくれ、不安や恐怖心などはなかった。
私たちはこれから国王陛下に会うため、王宮に向かうのだろうと思っていた。
けれどセピア様の後をついていく中で、ふと違和感を覚えた。
なぜならセピア様の向かう先には、王の住む宮殿ではなく──
「あの、セピア様。ここは……」
「どうした?」
「……いえ」
何かがおかしい。
そう思った時にはもう、陛下がいるという部屋の前に来ていた。
セピア様は躊躇いもなく中に入り、私も後に続く。
「……公爵」
その部屋には、緊張した面持ちの王太子殿下とリラ様の姿があった。
そう、ここは王太子の住む宮殿だったのだ。
確かにセピア様は『国王陛下と会う』と言った。けれど目の前にいるのは王太子殿下で……。
「あの、これはいったい……」
「新たな国王陛下が誕生する」
「ですが、陛下はまだご健在で……」
「国王はここ最近、体調不良が続いていた。そして今日、亡くなられる。殿下が新たに即位するんだ」
体調不良という噂はパーティーで耳にしていたけれど、私の目で見た陛下は元気そうに見えた。
けれど確信したようなその言い方はまるで──
「セピア様……」
「どうした?」
不安な私に対して、セピア様は柔らかな笑みを浮かべ、私の肩を抱き寄せる。
いつもなら安心するはずなのに、今はドクドクと鼓動が速まった。
チラッと殿下やリラ様に視線を向けると、どこか覚悟を決めたような表情をしていた。
「アイリス、大丈夫だ。君の言いたいことはわかる」
「え……」
「私は復讐することばかり考えてきたが、今は違う。この国を守ると。守るために、この選択をするんだ。殿下たちも力になってくれる」
そういえば以前、セピア様が殿下やリラ様に『力を貸してほしい』と話していたと、リラ様から聞いたことを思い出す。
その時の話が今回のことに繋がっていたのか。
「これは私なりの覚悟だ」
そう言って、セピア様は殿下に視線を向ける。
「私も陛下の……父上の行いにはずっと疑問に思っていた。必ず父上の所業を明るみにすると約束しよう。当然、アイリス嬢の身の安全も保証する」
殿下もまた迷いのない表情で、そう話した。
リラ様の仰っていた通り、王太子として……これからは国王として、自分の責務を全うしようとしていた。
「アイリス、もう何も恐れる必要はない。君の思うがままに生きていけばいい」
セピア様は、私の意思を尊重してくれる。
本当は今日、全てが終わってからセピア様に伝えようとしていたけれど……殿下やリラ様がいるこの場で言おうと、言うべきだと思った。
「私はこの先、聖女として生きていきたい……セピア様の隣で、この国を支えていきたいです」
そう、セピア様がいるから決心できたことだ。
私はクラレット様の意志を継ぎたい。
「アイリス、よく決心してくれたわね! 貴女が力になってくれてとても心強いわ!」
「わっ……⁉︎」
セピア様の反応が気になっていると、その前に席を立ったリラ様に抱きしめられる。
「わたくしは王妃として、貴女は聖女として一緒にこの国を……殿下や公爵と共に支えていきましょう」
「はい……!」
私はもう、神殿にいた時のように一人ではない。
周りの存在はより一層私に勇気を与え、堂々と聖女としての道を歩んでいこうと思えた。
◇◇◇
「本当に後悔はないか?」
屋敷へと戻る馬車で、隣に座るセピア様はそう私に尋ねた。
「ありません。それに……」
先程、殿下たちの前で覚悟は表明したけれど、まだ全てを伝えきれていない。
「セピア様にふさわしい人になりたいのです。それぐらい、私は……」
セピア様をじっと見つめ、二度目の想いを告げる。
「セピア様のことが好きなんです。愛しています、セピア様」
あの時はつい勢いで言ってしまったけれど、今日は違う。
言葉にするのが恥ずかしくて、自分の心臓の音がうるさい。
顔が熱くなり、咄嗟に俯いた。
「……二度目だな」
「え……」
「君が私に想いを告げてくれるのは」
「も、もしかして……あの時、お、起きていたのですか……?」
セピア様の言葉に嫌な予感がした私は、恐る恐る聞く。
「君が話している途中で目覚めたせいで、全て聞くことができなかったのは残念だ。しかし、愛していると言って私の頬に……」
「あああ!! それ以上は言わないでください!!」
セピア様の口を慌てて塞ごうとしたけれど、手首を掴まれてしまい、阻止されてしまう。
「聞いていたのならどうして今まで無視してきたのですか……!」
「都合のいい夢ではないかと思ったんだ。今回の一件が落ち着いたら、君と話すつもりだったが……まさかまた、君から伝えてくれるとは」
セピア様は嬉しそうに話していたが、私は恥ずかしさのあまり顔を手で隠したかった。
けれどセピア様に手首を掴まれているせいで、それすらできない。
「もう君から口付けはしてくれないのか?」
「か、からかわないでください! もうセピア様なんて……嫌いです」
「それは困るな。私はこんなにも愛しているのに」
そんな風に言われたら、嘘でも嫌いだと言ってしまった自分が悪く思えてしまう。
「じゃあセピア様からしてください」
セピア様に恥ずかしい思いをさせてやろう、と悪巧みした私がバカだった。
「ではそうしよう」
セピア様は照れるどころか満面の笑みを浮かべ、さらっと受け入れる姿を見て何故だかゾッとした。
「あの、セピア様……やっぱり大丈夫です!」
「なぜだ? 君から言ったのだろう」
「待っ……んっ」
慌てて止めようとしたけれど、セピア様は構わず私にキスをする。
少し強引だけれど、触れ方はとても優しくて、ドキドキしながらもセピア様に身を任せた。
そのキスは恥ずかしさ以上に、幸せで心が満たされていく。
きっとこの先、多くの困難が待ち構えているだろう。
けれど──セピア様となら、共に乗り越えられる。
この日を境に、私たちの未来が大きく動き出した。
END
本編はここまでになります。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
実は私の作品はヒーローの愛が重くなりがちなので、今回は久しぶりに正統派ヒーロー(のつもりです)が書けて良かったです。
次話以降は番外編で、セピアの過去編になります。
引き続きよろしくお願いいたします!




