47.隣に立つ覚悟④
セピア様の怪我は無事に治ったけれど、目を覚ますことはなかった。
治癒が遅れたせいで、すでに意識を失っていたようだ。
もしこのまま目覚めなかったら……そう思うと怖くて、ベッドで眠るセピア様の手をギュッと握る。
「アイリス様……」
その様子を見たスカーレットが弱々しい声で私の名前を呼ぶ。
スカーレットもセピア様が心配なはずなのに、気遣わせてしまって申し訳ない。
その時、部屋のドアがノックされて思わずビクッと肩を震わせる。
すでに夜は更けていて、いったい誰かと構えてしまう。
「アイリス……!」
けれど部屋に入って来たのはリラ様と王太子殿下で、安堵の息を吐いた。
「殿下、先程は助けていただきありがとうございます」
セピア様に脅されていたはずの殿下は、迷いもなく国王に目をつけられた私を助けてくれた。
今もこうして会いに来てくれる辺り、セピア様を悪く思っているわけではなさそうだ。
「いや、私の力では今夜しか時間を稼げなかった。すまない……おそらく明日になれば、陛下が君を呼ぶだろう」
「そんな……公爵様はまだ目が覚めていないというのに、あんまりですわ!」
セピア様が意識を失っている今だからこそ、国王は私を手に入れたいはずだ。
「……そうはさせません」
そう口を開いたのはスカーレットだった。
いつもは静かに後ろで控えているスカーレットが、私たちの会話を遮るように話し始めた。
「いま現在、王都には精鋭とも言える優秀な魔導士たちが揃っています。もしアイリス様を連れて行こうとするなら、私たちは攻撃するのも厭いません」
殿下とリラ様の結婚式は規模が大きく、騎士だけでは警護に限界があるとのことで、王都には魔導士たちも送られていた。
そのため、スカーレットはいつでも戦闘可能だということを伝えていた。
「なっ……まさか君は、王宮で騎士団と魔導士団で争わせるつもりか? 多くの血を流すことになるぞ! この国も危機に陥ってしまうかもしれない!」
殿下が焦っていたが、スカーレットは強気の笑みを浮かべる
「果たしてそうでしょうか。もし騎士たちに『魔導士が戦を起こすのは、ロドリアン公爵閣下の命令だ』と伝えた後も、王のために剣を取る人間は何人いるでしょうか」
「……っ」
魔導士団だけではなく、すでに騎士団もセピア様を支持している。
それどころか国王の不満は溜まっていく一方だったはず。
セピア様の名前を出せば、多くの騎士が躊躇い、剣を下ろすかもしれない。
けれど……こんな結末を、セピア様は望んでいない。もちろん私もだ。
「スカーレット。そんなことはしなくていい」
「ですが、このままではアイリス様が……!」
「私は大丈夫だから」
セピア様が長年、国王に耐えて築き上げて来たものを、私が原因で壊してしまうわけにはいかない。
もしセピア様が今夜目覚めなければ、明日私は国王の元に行く。
きっと奴隷のように扱われ、地獄のような日々が待っているのかもしれない。
けれど……もしセピア様が目覚めたら、きっとすぐに助けてくれる。それが私の中で希望となり、乗り越えられる気がした。
「……セピア様」
殿下たちやスカーレットに頼み、私はセピア様と二人きりにしてもらう。
このような形でセピア様の寝顔を見られる日が来るとは思わなかった。
「どうして、あの時……」
私を庇った上、力を使うなと仰ったのですか。
言葉にしたかったけれど、涙が耐えきれずに溢れてしまう。
このままセピア様を失うのではないかと思うと怖くてたまらない。
「私……まだセピア様に伝えていないことがたくさんあるんです。どうか目を覚まして、私の話を聞いてください……」
何度も何度もセピア様の名前を呼ぶけれど、その声に反応してくれることはなかった。
どれぐらい時間が経っただろうか。
すでに夜が明けようとしていて、窓の外が明るくなり始める。
タイムリミットがすぐそこまで迫っていた。
今のこのボロボロで弱い姿を国王に見せたくなかった私は、せめて身なりを整えようと思った。
「セピア様、私……」
最後に、もう一度セピア様に声をかける。
「好きです。セピア様のこと、心から愛しています。私……ようやく覚悟ができました。聖女としての道を歩むって。私も、クラレット様やセピア様のようにこの国を守りたい。そして、貴方の隣にいて恥じない人になりたい」
その言葉の後、私はセピア様に顔を近づけ、頬に口付けする。
おもむしろに立ち上がり、セピア様に背を向けた時──
「アイ、リス……」
掠れた声と共にセピア様が私の腕を掴んだ。
すぐに振り返ると、セピア様が薄っすらと目を開けていた。
「……っ、セピア様……!」
「なぜ、離れようとするんだ」
「セピア様こそ、どうして私を庇ったのですか……!」
まだ目覚めてすぐだというのに、思わず抱きついてしまう。
まるで子供のように泣きじゃくる私の頭を、セピア様はそっと撫でてくれた。
「屋敷に戻ろう」
「えっ……」
セピア様の意識がはっきりした頃、そう言われて思わず目を丸くした。
「ですが、国王にバレてしまって……」
「関係ない。君をいつまでもこのような場所に置いておけない」
セピア様は不安げな私に笑いかけ、手を優しく握られる。
「行こう、アイリス」
「……はい、セピア様」
私も応えるように手を握り返し、私たちは王宮を後にした。




