45.隣に立つ覚悟②
「あら、いやですわセピア様。わたくしではなく、周囲が勝手に騒いで誤解しているだけです」
そう、周りの人間を使うのがビリジアンのやり方だ。今回もその手法で私を追い詰めるつもりだろう。
「ですが、これほどたくさんの方がわたくしとセピア様の結婚を望んでいるとは思いませんでした」
いつの間にか会場は静まり返っていて、この場にいる全員の関心を集めていた。
「会場が静まり返るほどいったい何の話をしているのかな」
ここはセピア様と仲睦まじい姿を見せつけて切り抜けようかと思った時、タイミング悪く国王が登場した。
一斉に会場の人間が挨拶する中、国王は私たちに視線を向け、不気味に笑っている。
何かを企む姿にゾッとした。
「おや、公爵と聖女が並ぶと様になるではないか。まるで二人が婚約しているようだな」
国王の言葉に、ビリジアンは照れるような素振りを見せる。
そういうことかと理解するのに時間はかからなかった。
これは国王とビリジアンが私とセピア様を引き離すため、仕組んだものだと。
「ですが陛下、セピア様の婚約者がいらっしゃる前でそのようなことを仰るのは可哀想ですわ」
「そのことだが、妙な噂を聞いてな。アイリス嬢がわざと怪我を負って公爵に結婚を迫ったのだと」
「なっ……」
思わず声が出てしまう。
籠絡したという噂は耳にしていたが、その内容は初めて聞いた。
会場にいた人たちもざわつき始め、国王の作った嘘だとわかる。
「もし本当だとしたら……」
「籠絡したという噂もあるくらいだ。実は相当な悪女では……」
国王は残念そうな表情を浮かべていて、思わず言い返しそうになる。
「もちろん余は嘘であることを信じている。しかしこの噂がある以上、公爵の体面的にもよくないだろう。そこで余は一つ提案したいのだが」
これ以上国王の話を聞きたくなくて、耳を塞ぎたくなった。
「アイリス嬢を側室にして、新たにビリジアンを正妻に迎えるのだ」
心臓がドクンと大きな音を立てる。
以前、私とセピア様の前で話していたことを実現するために、大々的に言うなんて。
「公爵にとっても、アイリス嬢にとっても悪くないだろう」
国王の話を聞いて固まってしまう私にチラッと視線を向けたビリジアンが、見下すように笑う。
こうなることがわかっていて、余裕のある態度を見せていたのだろう。
「公爵様と聖女様が結婚……なんてお似合いなんだ」
「さすがは陛下。素晴らしい提案ですわ」
周囲も陛下に同感していて、後押しするような言葉を放つ者もいた。
陛下に視線を向けると、ニヤッと悪そうな笑みを浮かべている。
「余の提案はどうかな、公爵」
完全に会場の空気は国王が掴んでいた。
さすがの私もこの状況で打つ手などなく、ただ黙って俯くことしかできなかった。
何もできない自分が悔しく、泣きそうになったその時──
そっと、セピア様に肩を抱かれた。
「私は彼女を心から愛しているので、彼女以外の者を妻にするなど考えられません。それに誤解があるようですが、私が彼女に怪我を負わせたのです。これを機にその手の噂が消えることを切に願います」
「……っ」
心が折れそうになったけれど、セピア様の言葉に救われた。
このような状況でも怯むどころか、堂々と私を守ってくれる。
「これから先、彼女を手放すことは絶対にあり得ませんので」
その一言で、さらに会場が騒がしくなった。
セピア様が私に惚れている、という事実が今ので伝わったからだろう。
国王ですら、セピア様の言葉を聞いて驚きの表情を浮かべていた。
「……ほう、そうか。それは残念だ」
国王は明らかに動揺している……と思いきや、私を見て優しく笑いかけてきた。
ゾッと背筋に悪寒が走る。
きっと他にも何か企んでいるのだろう、嫌でもわからせられる。
たとえどんな手を使っても自分の意のままに事を進めようとする国王を相手に、私はこれから闘わなければならないのか。
国王はそれ以上何も言わず、ビリジアンも悔しそうに私を睨むだけで、ようやくその場が落ち着いた。
その後主役の二人が登場し、パーティーらしい空気が戻る。
「もう少しの辛抱だ」
「……え」
今回は無事に切り抜けられ、ほっと胸を撫で下ろしていると、セピア様が私にそう言った。
「今後、君にこのような思いはさせないと約束する。だから、あと少しだけ耐えてくれ」
「セピア様……ありがとうございます」
私を心配してくれているのが伝わり、大丈夫だと示すためにすぐ笑顔で返す。
「アイリス!」
「リラ様……?」
殿下たちの登場により、注目が逸れると思っていたが、二人はすぐ私たちの元へとやって来た。
「何もされなかった⁉︎」
リラ様はどこか焦った様子で私の無事を確認すると、安心したように息を吐く。
「すまない公爵、遅くなって」
「いえ。足止めでもされていたのでしょう」
殿下も申し訳なさそうに話し、二人が遅くなった理由が語られる。
「そうよ。王都から帰る時に馬車の不備が見つかったと言って、新しい馬車が手配されるまで待たされたの。その間にアイリスに何かあったのではと心配だったわ」
今にも舌打ちしそうな勢いで話すリラ様は、怒りを隠しきれていない。
「私は本当に大丈夫ですので! ご心配おかけして申し訳ありません」
「そう……? それなら良いのだけれど」
もしリラ様に先程あったことを話せば、私のために怒ってくれるだろう。
けれど今日はお二人の大切な日なのだ、雰囲気を壊したくない。
「公爵。今、少し構わないか?」
「……はい」
すると、殿下が何やら真剣な顔つきでセピア様に話しかける。
「アイリス、何か飲み物でも持ってきましょうか」
「そうですね……!」
私が聞いてはいけないような話ではと思っていると、リラ様もそれを察してその場を離れられるような流れを作ってくれた。