43.甘い夜②
「あ、じゃあ私たちが結婚したら、毎朝目が覚めるとすぐそばにセピア様がいるってことですよね。ふふ、幸せだろうなあ」
結婚後の生活を想像しただけで思わず笑みがもれる。
セピア様の方が起きるのが早いけれど、たまには私の方が早く起きて、寝顔を堪能したり……など、同じベッドで寝るからこそできることもあるだろう。
「このままだと寝る時間が一番好きになるかもしれないです。セピア様と一緒にいられる特別な時間になると思うの……で」
ふと話すのをやめるて顔をあげると、驚いた様子のセピア様がいた。
その時、私はようやく気付く。
セピア様との結婚生活を思い描きながら話していたことに──
顔がまるで茹で上がるように熱くなる。
まだ婚約期間は残っているというのに、絶対に浮かれてると思われてしまった。
「ち、違うんです……! いや、その、違うわけではないのですが……今はセピア様と部屋が別なので、朝会えない日も多々あるじゃないですか⁉︎ もし結婚したら一緒に寝ることになると思うので毎朝会えるかなと!」
焦りすぎて途中から何を言っているのかわからなくなる。
ああ、今すぐ毛布にくるまりたい。
「それではおやすみなさいませ!」
「アイリス」
逃げるように寝ようと思ったけれど、セピア様に呼び止められてしまう。
「セピア様も早く寝ましょう……! 明日からもお仕事ですよね!」
未だに立ったままのセピア様を促すと、ようやくベッドに近づいたかと思えば……私の目の前で立ち止まった。
やけに真剣な顔つきで見下ろされ、直視できなかった私は慌てて俯く。
「今日は耐えて寝るだけのつもりだったが……」
「ま、待ってください……! あの、さっき嫌がることはしないと……」
それはまるで合図のように、セピア様の右手が私の頬に触れたことで色々と察した私は咄嗟に口を開く。
夜の寝室でセピア様と二人きり、さらには甘い空気が漂って……このまま何もないはずがない。
けれど心の準備が全くできておらず、つい止めてしまう。
「ああ、君が嫌がることはしないと約束する」
「じゃあ……」
「嫌ならそれを示してくれ」
直後、セピア様に唇を重ねられる。
少し強引で深いキスは、徐々に私の頭を回らなくしていく。
セピア様の左手がベッドに置かれ、軋む音がした。
「……んっ」
思わずベッドに倒れ込みそうになると、セピア様が私の背中に右手をまわして支えてくれたけれど……がっちり固められてしまい、いよいよ逃げられなくなってしまった。
「ひゃっ……」
キスが止んだかと思うと、今度は首筋に口付けされ、ビクッと体が反応する。
「セピア、様……これ以上は」
もちろん嫌ではないけれど、先程から自分の心臓の音がうるさくて壊れてしまいそうだ。
消え入るような声だったが、セピア様は拾ってくれたようで、今度こそキスが止む。
「……アイリス、その反応は逆効果だ」
「へ……」
言葉の意味を理解できないでいると、セピア様は優しく私を抱きしめてくれた。
まだドキドキして苦しいけれど、セピア様の腕の中はやっぱり落ち着く。
「……これ以上私を刺激しないでくれ」
セピア様の胸に顔をうずめていると、どこか不満気な声が聞こえてくる。
気になって顔をあげると、同じタイミングで私をベッドに寝かせてきた。
「あの、セピア様……?」
毛布までかぶせられ、これはもう寝ろと言われているような……。
「続きは結婚まで我慢するとしよう」
セピア様の口からも結婚という言葉が出て、また顔が熱くなる。
「君も私との未来を考えてくれているようで嬉しい」
「そ、れ以上は何も言わないでください……」
恥ずかしさを隠すように毛布で顔を隠す。
そんな私を見て、セピア様は小さく笑っていた。
あれほどリラ様の話を聞いて思い悩んでいたのに、セピア様と一緒にいると何でも乗り越えそうな気がするから不思議だ。
セピア様と一緒にいたいという強い想いをあらためて実感し、そう思えているのかもしれない。
いつのまにか、セピア様がいない未来なんて考えられなくなっていた。
離れたくない。それが素直な気持ちだった。
「……セピア様も、私との未来を考えているのですか?」
ふと気になった私は、恐る恐る顔を出して尋ねてみる。
「もちろんだ。君しか考えられない」
セピア様は愛おしそうに私を見つめながら答えてくれた。
「本当にセピア様は私のことが好きなのですね」
「ああ、君のことが好きで仕方がない」
「……っ」
少しからかってやるつもりが、どストレートに伝えられ、私が恥ずかしくなる。
「ど、うして堂々と言えるのですか……!」
「本心を打ち明けているだけだ、別に恥ずべきことではない」
確かにそうだけれど……!
少しぐらい照れてもいいだろう。
私がもし『好き』と伝える時が来ても、セピア様の顔を見ながら言えない気がする。
恥ずかしくて視線を外しながら言うのがやっとだろう。
「アイリス? どかしたのか?」
「いえ、なんでもありません。ただ幸せだなあと思ったのです」
この幸せが永遠に続くためには……覚悟を決めなければならない。
その時が来たら、今度は私から伝えよう。
セピア様が『好き』だと──




