41.訪問③
「ああ、勘違いしないでね? 今は良い方向に進んでいるから」
「良い方向、ですか?」
「そう。わたくしも以前は謀反でも企てているのかと思っていたわ。ただその目にはいつも迷いがあって、本心がわからないでいたの。だから先日、公爵様に会った時は本当に驚いたわ」
リラ様は不安になる私を真っ直ぐ見つめ、大丈夫だというように笑いかけてくれる。
「その迷いが吹っ切れていて、わたくしたちに話してくれたの。この国を守りたい、力を貸してほしいと。あの人の想いが知れて嬉しかったわ。とはいえ気の弱い殿下は、まだ公爵様に怯えているけれど」
「セピア様がそのように仰って……」
「貴女が公爵様を導いてくれたのね。籠絡しているという噂を耳にしていたから、どのような悪女かと構えていたけれど、純粋な子で驚いたわ」
「そ、その噂はどこまで広まっているのですか……⁉︎」
一刻も早くその噂が消えてほしいのに、それどころか広まり続けている気がして怖い。
「所詮は噂だもの、そのうち消えてなくなると思うわ。だって二人とも想い合っているじゃない?」
「……へ」
「あら、違うの? 最初は公爵様が一方的に……と思ったけれど、アイリスもちゃんと好きなのでしょう。だってわたくしに公爵様との関係を聞いた時、すごく不安げな顔をしていたわ。もしわたくしが、幼少期から仲が良くて昔は許嫁だった、とでも答えていたらどう思っていた?」
「それは……」
想像しただけでも胸が苦しくなって、思考を放棄したくなる。
セピア様の隣に立つのは私がいい。
他の誰にも渡したくない。それぐらい私は、セピア様のことが──好き、なのだと。
「……っ、私は」
セピア様に好意を告げられ、心が満たされて、考えたこともなかった自分の気持ち。
「あら、もしかして自覚していなかったの?」
その言葉に素直に頷く。
セピア様の想いを受け入れるだけ受け入れて、何も返さなかった私ってかなりタチが悪いのでは……愛想を尽かされていないか心配になる。
「わたくし、良い仕事をしたわね。今自覚したのなら、それはそれでちょうど良いかもしれないわ」
先ほどまで笑みを浮かべていたリラ様が、ふと真剣な表情へと変わる。
「ねえアイリス。貴女は何があっても、公爵様の隣に居続ける覚悟はある?」
「……え」
温かな空気から一変、ピリつくような緊張感が走る。
質問の意図を理解できないでいると、リラ様が言葉を続けた。
「本当はね、わたくしと殿下の結婚はもう少し先だったの。けれど国王陛下の命令で、それが早められたわ。なぜだかわかる?」
突然国王の名前が出てきたことで、心臓が嫌な音を立て始める。
「今、世間では公爵様と貴女の話で持ちきりなの。国王陛下は、わたくしと殿下が結婚することでその話題を打ち消すつもりよ」
私とセピア様の話題を消す……?
その理由を考えた時、嫌でも悪い方向へと走ってしまう。
「世間の目が二人から逸れた時、貴女を婚約者の座から引きずり下ろそうとするでしょうね。国王陛下はビリジアンを公爵様の妻にするつもりよ。ビリジアンは未だ聖女の力を使っていない。そのことで国民や貴族ですら不信を抱き始めている。恐らく二人を結婚させて、ロドリアン公爵という大きな後ろ盾を作って黙らせる魂胆ね」
以前、国王がセピア様にビリジアンを勧めていたことを思い出す。
あれを本気で実行しようとしているのだ。
たとえ、どんな手を使ってでも──
「一番手っ取り早い方法は貴女を殺すことよ。不慮の事故で亡くなったとなれば、自然と次の婚約者を立てられる。もしこのまま公爵様の隣にいれば、そう遠くない未来に命の危険に晒されるわ。それでも貴女は公爵様の隣に立つ覚悟はあるかしら?」
思わず息を呑む。
命の危機が伴うなど考えたことがなかった。
「もちろん公爵様がそのことを知らないはずがない。何があっても貴女を守るつもりでしょうね。だからこそ、生半可な気持ちでは公爵様に迷惑をかけるだけよ」
リラ様の言う通りだ。
私はこれからどうしたいのか。それを決めなければならない時が迫っていた。
「一度自分自身と向き合って考えてみるといいわ」
迷いのある私にとって、未来を見据えているリラ様はとても格好良くて眩しく思えた。
「リラ様は……迷いなどなかったのですか? その、殿下と結婚することに対して……」
「もちろんあったわよ、婚約者候補の時から何度も命を狙われたのもあって、逃げ出したいとすら思っていたわ。それでも覚悟ができたのは、少し気弱で頼りないけれど王太子として日々奮闘している殿下を見て、この方を支えたいと思ったの」
リラ様は愛おしそうに話していて、殿下への想いが伝わってきた。
「公爵様に脅された時だって、震えながらも必死でわたくしを守ろうとしてくれて。殿下はわたくしのことが大好きなのよ」
そんなリラ様もまた、殿下のことが大好きなのだろうなと思うほど感情が表に出ていた。
リラ様と殿下は愛し合っている。その姿がとても眩しく思えた。




