40.訪問②
「ではお二人は結婚されるのですね」
王太子殿下とリラ様が訪問した目的は、挨拶と結婚式に招待するためのようだ。
直接招待状を渡され、思わず目を輝かせる。
結婚など自分には程遠いものだと思っていたけれど……今、私にも婚約者がいる。
チラッとセピアに目を向ける。
けれどセピア様は相変わらず冷たい表情で殿下たちと話していて、どこか機嫌が悪そうだ。
結婚と聞いて、私たちも……と思ってしまったのは私だけなのかもしれない。
身近に結婚する人がいたことで、つい現実味を帯びてしまったけれど、自分だけが先走ってしまったようで恥ずかしい。
「公爵様たちも近い将来、結婚されるのではなくって? 婚約といえど、年齢的にはいつ結婚してもおかしくないでしょうし」
「……っ」
心の中に留めておこうと思ったけれど、リラ様に結婚について尋ねられ、顔が熱くなる。
セピア様はどうお考えなんだろう。
ドキドキしながらその答えを待つ。
「それはどうでしょうか」
けれどセピア様は曖昧な言い方をされ、全身の熱が冷めたような感覚に襲われる。
まるで、結婚するかはわからないと捉えられるような言葉を前に、心臓が嫌な音を立てた。
もしかして、セピア様は──
その時、セピア様の手が私の手の上に重ねられる。
パッと顔をあげると、セピア様は優しい眼差しを私に向けていた。
「愛しい婚約者の意思を尊重したいので、ただ待つのみです」
「……あ」
その言葉を聞いて思い出す。
そうだ、私が婚約期間を一年に設定したのだ。
すっかり忘れてしまい、先走って結婚に消極的なのかと勘違いしたなんて……あれほど好意を伝えてくれたセピア様に失礼だ。
セピア様は私が受け入れれば、すぐに結婚してくれる様子で……私が、受け入れる……?
その時、ハッとある事実に気づく。
セピア様の気持ちを受け入れたけれど、応えていないことに。
契約結婚とばかり思っていたが、セピア様は私を好いてくれて……それじゃあ、私は?
私はどうしたいのだろう。
今まで受け身だった分、自分の気持ちを考えようとした時、すぐにその答えが出なかった。
「二人が結婚する時はぜひ招待してくださいませ。ではこれで本日の目的は果たしましたね。殿下と公爵様は積もる話もあるでしょうし、わたくしはアイリスに屋敷を案内してもらおうかしら」
自分自身に戸惑っていると、リラ様は早口で話し始め、勢いよく立ち上がる。
「公爵様、アイリスをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「……構いません」
「ありがとうございます。ではアイリス、行きましょう」
「は、はい……!」
リラ様は私を連れて部屋を後にする。
どちらかといえば私が案内しないといけない側なのだが、リラ様が先導してくれて助かった。
「あ、えっと……屋敷の案内でしたね」
「それはあの場を抜けるための口実だから案内しなくて大丈夫よ」
「そ、そうだったのですか?」
「ええ。わたくしはアイリスと二人で話したかったし、殿下たちも二人で話すことがあるみたいだったから」
リラ様が、私と二人で話を……?
初対面であるため、いったいなんの話だろうと少し不安になる。
「あら、そんなに気張らないで? あの堅物を変えた貴女にすごく興味があって、ぜひ話してみたかったの」
「堅物……」
恐らくセピア様のことを指しているのだろう。
セピア様をそんな風に呼ぶのは、この国でリラ様だけな気がする。
やはり幼い頃からの仲なのかもしれない。
そう思うと、やはり胸が痛む。
「今日はとても良いものを見させてもらったわ」
「……リラ様は」
胸の痛みと不安がどんどん膨れ上がり、つい尋ねてしまった。
「セピア様とどのような関係なのですか……?」
リラ様は目を丸くしたかと思うと、ニヤッと口角を上げる。
「なるほどねえ……廊下で話す内容ではないし、よかったら貴女の部屋に招待してくれないかしら」
廊下で話せるような関係ではないということ……?
不安がさらに募っていく中、スカーレットにお茶の準備を頼み、私はリラ様と自身の部屋へと向かう。
二人の関係を知りたいと思う反面、聞くのが怖い自分もいた。
「ふふっ、そんな顔しないで」
部屋に着いてリラ様と向かい合う形で座ってからも、暗い感情を隠せずにいた。
そんな私を見てリラ様は笑う。
「だってわたくし、貴女の婚約者に脅されていただけだもの」
「……え」
今……リラ様はなんて?
脅されていると言わなかっただろうか。
私の婚約者……つまりセピア様に?
衝撃を隠せない私に対して、リラ様の笑顔は明るく、とても脅されているようには思えない。
「公爵様との関係を言葉にするのは難しいけれど、わたくしは人質ってところかしら。正確にはわたくしを使って殿下を脅していたのよ」
幼少期からの仲だとか、友人だとか、その辺りの答えが返ってくると思っていたのに。
想像もしていなかった回答に理解が追いつかない。
セピア様がお二人を脅す──?
「そ、のようなこと……セピア様がするはず……きっと何か理由が」
「ええ、わかっているわ。公爵様がわたくしに危害を加えるつもりはないって」
リラ様はひどく優しい表情を浮かべていて、セピア様のことを理解してくれているのだと思った。
「公爵様は悪になりきれない、優しい人なのね。殿下を脅す時、自分自身に嫌悪を示しているようだったわ。望んでやっていないのが丸わかり。まあその脅しは、気弱な殿下には効果抜群だったけれど」
「どうしてセピア様は……」
脅すような真似を?
確かに殿下は終始セピア様を気にしていて、恐れているようにも見えた。




