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4.新たな聖女と危機

 公爵様が神殿を訪問した日は、いつ呼ばれても駆けつけられるよう、待機目的で隣の部屋の使用許可が下りる。

 一部の人たちは落ちこぼれの私が大層な部屋を利用して不満に思っているらしいけれど、公爵様のお世話係は怖くてできないためか、直接文句は言って来ない。

 まさに至福のひとときだ。もう毎日神殿に来て欲しいぐらいだ。

 今日もふかふかなベッドで深く眠ることができ、いつも以上に体が軽く、スッキリしていた。


「んーっ、いい天気!」


 窓の外から差し込む陽が眩しい。

 いつもなら明るくなる前に起きて仕事をさせられているけれど、朝早くから何もしなくていいって幸せだ。

 そろそろ起きて公爵様の朝食を運ぼうと思い、ふと時計を見て……サーッと血の気が引く。

 針はすでに昼前を指していて、昼食の時間といっても過言ではない。

 盛大にやらかしてしまった。


「こ、公爵様! 申し訳ありません!!」


 急いで謝罪をと思い、慌てて隣の部屋にいるはずの公爵様に会いに行く。

 しかしノックをしても反応はなく、相当お怒りなのではと思い恐る恐るドアを開けた。

 けれど部屋の中に公爵様の姿はない。


「あれ、いない……」


 いったいどこに行かれたのだろう。

 もしかして、朝食をご自分で取りに行かれたとか……⁉︎

 そんなの神殿が大惨事になるだろうし、万が一そうだとしたら、私への罰は免れない。

 まあ、自業自得だから甘んじて受け入れるべきだろう。


「起きていたのか」

「わっ……⁉︎」


 落ち込んでいると、突然背後から声をかけられる。

 驚いて振り返ると公爵様の姿があった。


「公爵様……!」

「ゆっくり眠れたか?」


 柔らかな微笑みを浮かべる公爵様は、怒っているわけではなさそうだ。

 むしろ私を心配というか、気遣ってくれているように感じた。


「た、大変申し訳ありません! 朝食もご用意できず」

「ああ、それで着替えもせずに部屋にやって来たのか。髪も乱れている」


 公爵様は私の髪を整えててくれる。

 どうしてこれほど優しいのだろう……むしろ罪悪感を抱いてしまう。


「公爵様のお世話係としてなんたる失態を……今からでも朝食を取りに」

「私は朝から用があって、君には部屋の掃除を任せていた」

「……え」

「君は私の命に従っただけで何も悪くない。そうだろう?」


 だからお咎めなどない、と言いたげだ。

 優しい微笑みに、なんだか泣きそうになる。

 相手が公爵様でなければ、きっと私は酷い目に遭っていた。


「少し早いが、代わりに昼の準備をお願いしても構わないか?」

「も、もちろんです! ありがとうございます!」


 一人の人間として接してくれる公爵様のことを、どうして周囲は皆冷酷無慈悲だと言うのだろう。

 確かに戦や討伐で多くの戦績を残しているけれど、それも全て国を守るためだというのに。


「ううっ、公爵様にお仕えできて本当に嬉しいです」


 神殿にいる少しの間だけだったとしても、十分温かみが伝わってくる。

 それがとても幸せで嬉しい。


「それならずっと私に仕えるか?」

「……え」


 公爵様の優しさに感動していると、やけに真剣な顔つきでお誘いを受ける。

 これって、公爵家の使用人になるかってこと……?


「いや、それではダメだな。やはり忘れてくれ」

「あ……はい」


 びっくりした。

 一瞬本気だと思い食いつきそうになってしまった。

 勢いで言ってしまったと判断したのか、取り消しされてしまって悲しい。

 けれどこれが神聖力を持つ者の運命なのだ。

 貴重な神聖力の持ち主が他国に渡らないよう、神殿から出さないというのがこの国の方針である。

 外に出るのが許されるのは結婚ぐらいだ。それも上流貴族か、ある程度の金銭を積まなければ神殿が了承しない。

 それほど今の神殿には力があった。

 十分な富と名声を持ち合わせる必要があり、公爵様は神殿が媚を売るぐらいのため、結婚ではなく使用人として雇いたいと求めてもすぐ了承してくれそうだけれど……私にそこまで価値がないってことだろう。


「ではご飯お持ちしますね!」


 少し、期待してしまった。

 この神殿から抜けられる日が来るのではないかって。

 けれど聖女として素質がなく、一応貴族だとしても貧乏で没落寸前な人間など必要ないに決まっている。

 それでも私は、ただ公爵様が神殿に訪れてくれるだけで嬉しい。その気持ちは変わらない。

 この先もたまにでいいからこうして来てくれますように。そう心に願って、私は食事を取りに行った……けれど。


「どうしてセピア様と会ってはいけないの⁉︎ わたくしは聖女なのよ!」


 公爵様を待たせてはいけないと思い、近道で行ったのが間違いだった。

 聖堂の近くで、新たな聖女──ビリジアン・ティアンがお付きの者に対して苛立ちを露わにしていた。


 まるで作り物のようなキラキラと眩しい金色の長い髪が特徴的なビリジアンは、聖女候補の中で最も家の力が大きく、侯爵令嬢だった。

 そのため、ティアン侯爵と国王が共謀してビリジアンを偽の聖女に立てたのだろうというのは大方予想がつく。

 それにしても……今、公爵様のことを名前で呼んでいた気がする。

 公爵様とは面識がほとんどないはずなのに、馴れ馴れしく名前で呼ぶのはいかがなものかと思った。


「ビリジアン様、どうか落ち着いてください。ロドリアン公爵様は王室に次ぐ権力を持っておりますゆえ、接触は慎重にならねばなりません」

「聖女であるわたくしですら不相応だと言いたいの?」

「そのようなつもりは……! ただ、相手はあのロドリアン公爵様です。上からは接触は危険だと仰せつかっております」

「ではなぜアイリスは……あの無能な落ちこぼれはセピア様とお近づきになれているわけ⁉︎」


 まさかここで自分の話が出てくるとは思わなかった。


「セピア様はあの女を気に入ってるという噂が流れているけれど、側室にもするつもりなの⁉︎ そんなの許せない……! セピア様にふさわしいのはわたくしだけ! 必ずわたくしが妻になって、あの女をセピア様から引き剥がすのよ。側室を持つなんて許すものですか」

「聡明なロドリアン公爵様が、公爵家の名を傷つけるようなことはしないでしょう。きっと、ただのお遊びに過ぎません」

「それもそうね。だけど急がなければ、誰かにとられかねないわ。すでに貴族たちの間ではセピア様のお相手が誰になるのか、かなり注目さるているようだから。ああ、あの女より先にセピア様に近づくことができたら、今頃あの女の立ち位置にわたくしが……チッ」


 どうやらビリジアンは、すでに公爵様の妻の座を狙っているようだ。

 その上で私が邪魔だと舌打ちまで……これは厄介なことになった。


「何を突っ立っている?」

「……わっ⁉︎」


 ビリジアンの話に集中して完全に油断していた私は、突然後ろから通りすがりの神官に声をかけられ、驚いてしまう。

 すぐに声に反応して振り返ったビリジアンと目が合ってしまった。


「あ、はは……こんにちは、ビリジアン様」

「……聞いていたのなら話が早いわ。ねえ、どうやってセピア様に取り入ったの? ああ、きっとその体を使ったのね。貴女ができることってそれぐらいだから。まるで娼婦のようね」

「公爵様はそのようなお方では……」

「わたくし、無能は立場を弁えるべきだと思うの。ね、貴女もそう思わない?」


 わざとらしい笑顔が怖い。

 ビリジアンは自ら直接手を下す真似はせず、周囲に虐めさせ、本人は言葉で相手を追い詰めるタイプだ。

 もしこの場で機嫌を損ねれば、周りに命令して虐められるのが目に見えている。


「きっとセピア様はまだお若くて盛んな殿方だから、自分を怖がらない貴女を……というより、貴女の体を気に入っているだけ。命が大事ならあまり調子に乗らないことね」


 ビリジアンは真実を確かめようとせず、噂だけを信じて、さらに誇張すらしている。

 そのような人物がたとえ偽物だとしても聖女だなんて、可哀想にすら思えてきた。


「助言いただき感謝いたします。肝に銘じます」


 反論したいところだったけれど、相手は命すら狙おうとする人間だ。

 ここは平和的に解決した方が良い。


「わかっているなら良いわ。これ以上わたくしをイラつかせないで」


 最後に冷たく睨みつけられたけれど、何もされることなくその場を去っていった。


「ふう……良かった」


 目をつけられたのは厄介だ。

 ビリジアンは自分が気に入らないと、徹底的に潰そうとする。

 彼女の次に家の力があったり、神聖力が他の者より多いと言われた聖女候補は、心が病んでしまったり、謂れのない罪で罰せられたり……と悲惨な末路を辿っていた。それも、ビリジアン自身の手は汚さずに。

 力重視の彼女にとって、無能な私は眼中になかったけれど、まさか公爵様の件で目につくとは……気をつけないと。

 けれど公爵様のことをよく知りもしないで遊び人だと言ったは許せない。


 公爵様はそのような人ではないのに。

 けれど、何も言い返せなかった。

 自分の無力さを改めて実感した私は、悔しさを隠すように先を急いだ。



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