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37.苦しい過去②

「それほど私が頼りないか?」

「そんなこと……! ただ、神殿の時は高貴なお方を頼るなど、とても考えられなかっただけで……」

「では今はなぜだ?」

「それは……神殿から私を解放してくださっただけでもありがたいのに、それ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思い……」


 そう、セピア様にはいつも助けてもらってばかりなのだ。一人で解決できるのなら、断然そっちの方がいい。


「きっと君は誰かに頼ることを知らないのだな」

「え……」

「私は君の婚約者だ。それに、私の慕う相手。そんな君の苦しむ姿など見たくないし、誰よりも近くで支えたい」


 セピア様は、私の手にそっと自分の手を重ねた。


「君は以前、私を幸せにすると言ってくれただろう? 私の幸せは、君も同じ気持ちでいてくれないと成立しない。どうかもっと私を頼ってくれないか。一人で抱え込まず、私にも分け与えて欲しい」


 その言葉は私の心に響き、泣きそうになった。


「本当に……迷惑じゃありませんか」

「ああ。むしろ嬉しいだろうな。君が私に心を許してくれたのだと」

「……っ、セピア様」


 本当はずっと苦しかった。

 両親から邪魔者のように扱われ、喜んで神殿に売られて、見放されて。

 それでも本当は愛されてるのではないかと期待して、その一筋の希望すらも失った。

 両親の愛は得られなかったけれど、その分クラレット様が娘のように大切に扱ってくれて、幸せだったのも束の間。

 クラレット様の苦しみを知り、聖女の力を覚醒させても何もしてあげられなくて、無力な自分に打ちひしがれた。


「ずっと、考えてました。私が……聖女であることを公にすれば、クラレット様の負担を減らせるんじゃないかって」


 国王の命令で戦や討伐に参加させられていたクラレット様は、いつも神殿に戻ると部屋で一人苦しんでいた。

 涙を流している時もあり、耐えられなくやった私は一度部屋に入ってクラレット様に声をかけたことがある。

 その時、クラレット様は腕を怪我していて、疲労で力が使えないのかと思い、すぐに私が治そうとしたけれど──


『やめなさい。不用意に力を使ってはいけないと話しただろう?』

『ですが、クラレット様が……』

『お願いだアイリス、どうか私を治さないでおくれ』


 懇願するクラレット様を前に、私は力を使うことをやめてしまった。


『なぜ、治さないのですか』

『この痛みを忘れないためさ。私はこれまで、たくさんの人を不幸にしてきたのだから』


 その言葉の意味は今でもわからない。

 クラレット様は今までたくさんの人を救い、幸せにしてきたのに。

 なぜか自分を苦しめる言葉を聞いた時は悲しかった。


「私は、クラレット様に何もできませんでした。それどころか、私は今も聖女であることを隠し続けて……苦しむ人を助けられる力が私にはあるのに」


 皇帝陛下が毒で苦しみ、救った時のことを思い出す。

 ようやく聖女としての役割を果たせて、自分の価値を見出せた気がした。

 その反面、国王への復讐と称して聖女であることを隠している私は、他にも苦しむ人たちがたくさんいるにもかかわらず、責務を放棄した自分が嫌になった。


「ですがセピア様のおかげで、クラレット様が亡くなってから討伐で未だ死者はゼロだと聞いた時、心のどこかでは安心していました」


 もし死者が出ていたら、私が見殺しにしたといっても過言ではない。


「結局私は聖女であろうと、無能であることに変わりないんです」


 涙で視界が歪んだけれど、それを隠すように小さく笑ってみせる。


「君はクラレット様との約束を守っていただけだ。それに、力があるのにそれを隠し続けるのは辛く、苦しかっただろう。それを恥じることはない」

「セピア様……」

「それからもう一つ、君に話しておきたいことがある。クラレット様が戦や討伐に参加されていた頃、毎回と言っていいほど死者が出ていた。それはなぜかわかるか?」


 クラレット様の力があっても死者が……?

 突然の質問に戸惑ったけれど、それ以上に驚きの方が強かった。


「クラレット様が力を使う前に息絶えてしまった……ですか?」


 私の回答に、セピア様は小さく首を横に振る。


「自害だ」

「……え」

「死者の原因のほとんどが自害だった。自ら命を絶つ者が後をたたなかった」


 セピア様は切なげな表情で話し、とても嘘を吐いているようには思えない。


「なぜ、そのようなこと……」

「聖女の力がある限り死ぬことはない。それが原因で、当時前線で戦っていた騎士たちは何度怪我を負ってもその度に治癒され、再び前線に駆り出された。たとえ治癒されようとも、怪我を負った時の痛みは尋常なもので、そう何度も耐えられるものではない。それはまるで終わらない拷問のようだと、ある騎士は話していた」


 セピア様の話は衝撃だった。

 死ぬことはないから安心して戦えるものだと、勝手に勘違いしていた自分が恥ずかしくなる。


「今の国王は無茶な戦や討伐を繰り返していて、どんどん味方の士気は落ちていった。まさに悪循環だった。中にはクラレット様に『治癒しないでくれ』と懇願する人もいたが、クラレット様は泣いて謝罪しながら治癒していた」


 その時の様子を間近で見ていたのだろう、セピア様は苦しそうに顔を歪めている。


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