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36.苦しい過去①

 忘れたい過去はいつも私を苦しめる。

 思い出したくない記憶が鮮明に蘇ったせいで、昨晩は一人で泣きながら眠るというらしくないことをしてしまった。


「うーん……」


 朝起きるといつもより瞼が重く、真っ先に鏡で顔を確認する。

 思ったより目は腫れていなかったけれど……みんなに何かあったのか勘づかれないだろうか。

 変に意識しては余計怪しまれる気がして、いつも通りの自分でいようと決める。


「もうセピア様はいないかな……」


 少し起きるのが遅くなってしまい、セピア様が家を出ていてもおかしくない時間になっていた。

 この顔を見られずに済むという安心感と同時に、寂しさが湧き上がってくる。

 その時、スカーレットが部屋にやってきた。


「おはようございます、アイリス様」

「おはよう、スカーレット」


 すぐに笑顔を浮かべて挨拶する。

 大丈夫、いつも通りだと自分に言い聞かせながら。


「先程、アイリス様宛にお手紙が届いたようです」

「手紙……?」


 スカーレットの手には白い封筒が二枚あり、それを渡される。

 手紙をもらうなど初めてだ。それに、そのような相手すらいない私に、いったい誰が──


「……え」


 差出人を見た時、驚きのあまり固まってしまう。

 それは昨日、私に会いにきた両親からだった。

 昨日の諦めの悪そうな様子を思い出し、早速私に何か求めるのかと不安になりながら中身を確認する。

 その手紙内容はさらに私を驚かせた。


 そこに記されていたのは、私への謝罪と二度と私に会わないという誓いだった。

 いったい何のつもりだと思ったけれど、ふとその字が所々歪んでいることに気づく。

 まるで震えた手で書いているような──


 おかしい、と思うのにそう時間はかからなかった。

 パッと顔をあげると、スカーレットの柔らかな表情が全てを物語っていた。


「セピア様は、もう家を出た?」

「本日は屋敷で仕事をされると仰っていました」

「……っ!」


 セピア様が家にいるなんて珍しい。

 絶対に裏がある。この手紙はきっと、セピア様が何かしてくれたに違いない。

 私はスカーレットに手伝ってもらい、最低限身なりを整えてからセピア様の元へと向かう。

 セピア様はすでに仕事中のようで、いつものように執務室へやってきた。


「セピア様、これは……!」


 すぐさまセピア様のそばに駆け寄り、手紙を見せる。

 どのような反応が返ってくるのかと思ったけれど、セピア様は優しく微笑むだけだった。


「おはよう、アイリス」

「おはようございま……じゃないです!」


 あまりにいつも通り挨拶され、私も普通に返してしまった。


「これ、セピア様の仕業ですよね……?」


 デスクに手を置いて、じっとセピア様を見つめる。


「さあ、何のことかわからないな」

「絶対嘘です!」


 それでもセピア様の表情が変わらないため、さらに顔を近づけてじーっと見つめる。

 認めてくれるまで動かないつもりでいると、ようやくセピア様が動いた……かと思えば、何故か鼻先に口づけされた。


「なっ……⁉︎」


 さすがの私も突然のキスに驚き、一歩後ろに下がってしまう。


「セピア様、何して……!」

「てっきり求められていると思ったのだが……違ったのか」


 意地悪く口角を上げて話すセピア様は、絶対にわざとやったのだろう。

 私の反応を楽しんでいる。


「私は真面目に聞いていたんです!」

「ではあまり勘違いさせるようなことはしないでくれ」


 何を言っても上手いこと躱されてしまい、一向に答えてくれそうにない。


「あの、ありがとうございます……セピア様」


 それを肯定と受け取った私は、お礼を告げる。


「本当は自分一人で解決したかったのに……結局セピア様や屋敷の人たちに迷惑をかけてしまいました」


 セピア様が私のために動いてくれたことが嬉しい反面、手を煩わせてしまったことが申し訳なくなる。


「セピア様、本当に申し訳ありませ……」

「私は、君にとってどういう存在だ?」

「……え」


 セピア様から笑顔が消え、少し空気が重くなる。

 怒っている……わけではないと思うけれど、どこか冷たく感じてしまう表情に、ビクッと肩が跳ねた。

 私が怖がってしまったことに気づいたのか、セピア様は大きく息を吐いておもむろに立ち上がる。


「すまない、君を怖がらせたいわけではないんだ。アイリス、一度話をしよう」


 そう言ってセピア様はソファへと移動し、私を呼ぶ。

 一瞬躊躇ってしまったけれど、すぐにセピア様の隣に座った。


「ずっと不満だったんだ。君は私の心に触れて寄り添ってくれたのに、私にはそれを許してくれない」

「そ、んなつもりは……!」

「ではなぜ家族のことを黙っていた? 目が赤くなるまで泣いて苦しかったのだろう」


 セピア様の指が私の目元に触れる。

 優しい手つきだったけれど、表情は怒っているようにも見えた。


「神殿にいた時もそうだ。いつも自分の力だけで解決しようとする。私に頼るどころか、相談すらしてくれない。その強さは君の象徴かもしれないが、徐々に君の心を蝕んでいるような気がするんだ」

「……っ」


 まるで私の全てを見透かされたようだ。

 胸が締め付けられて苦しい。


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