幕間:闇夜の脅し①
※幕間は視点変更の為三人称になります
日付が変わる頃、ロドリアン公爵邸に当主であるセピアが帰宅した。
「当主様、お帰りなさないませ」
「……ああ」
玄関で執事長に出迎えられたセピアが向かう先は、いつも決まっていた。
一刻も早く会いたい気持ちが先行し、歩く速度が自然と上がる。
「当主様、実は……本日、アイリス様のご両親が屋敷に来られました」
「……何?」
しかし執事長の言葉にピタリと足を止める。
眉間に皺を寄せ、執事長に鋭い視線を向けた。
ここ最近、柔らかな表情のセピアに慣れてしまっていた執事長の背筋が伸び、息を呑んだ。
「……以上が本日あった出来事になります。その後はスカーレットがアイリス様のおそばについておりました」
「アイリスの様子は?」
「それが……あまり元気がなかったようです。私どもの前でも、無理して笑っておられるようでした。おそばについておりながら、お守りできず申し訳ありません」
「いや、彼らを放っていた私の責任だ。君たちはよくやってくれた。礼を言う」
セピアは執事長を責めることなく、再び足を動かす。
やって来たのはセピアの婚約者……アイリスの部屋だ。
「当主様……!」
すると部屋の前には暗い顔をしたスカーレットの姿があった。
スカーレットは元々氷魔法を使える魔導士だったが、今はアイリスの護衛兼侍女である。
「も、申し訳ありません……!」
セピアに会うなり頭を下げるスカーレット。
しかしセピアは執事長の時と同様責めることはせず、スカーレットの頭にポンと手を置いた。
「執事長から話を聞いた。アイリスを守ってくれたんだろう。人に向けて魔法を使うのは相当勇気が必要だったはずだ」
セピアはスカーレットの事情をよく知っている。
幼い頃、魔法で人を殺しかけたことがトラウマになっており、魔導士になって克服したと思われたが、実は人相手に魔法が使えなかった。
たとえ模擬練習だとしても人に向けて魔法を使えず、それがスカーレットの弱味になっていた。
幸いにも最近の魔導士団の任務は魔物の討伐ばかりで、魔導士としての役割はきちんと果たせており、問題になったことはなかった。
しかし今日、スカーレットはアイリスを守るため、人相手に魔法を使ったのだ。そこには相当の覚悟が必要だった。
「いえ、私は……」
「感謝する。君にアイリスを任せてよかった」
「……っ、当主様」
今にも泣きそうなスカーレットに微笑みかけたあと、セピアは部屋の中に入る。
ベッドで眠るアイリスを見ていつも癒されていたのだが、今日は違った。
アイリスの目元が赤く染まり、涙の跡が残っているのを見て、セピアは思わずスカーレットの方を振り返った。
「私の前でも一切涙は見せていませんでした。恐らく眠ると言って一人になったタイミングで、アイリス様は……」
スカーレットは悔しそうに唇を噛む。
「……アイリス」
全てを察したセピアは、ゆっくりアイリスの頬を撫でる。
その表情からは悔しさや怒りが滲み出ていた。
(一人で抱えているのはどちらだ)
セピアはアイリスから手を離す。
「どうやら今すぐアイリスのご両親に挨拶しないとな」
「今から行かれるのですか……?」
「連絡もなしに押しかけて来た相手に、礼節をもって接する必要があるか?」
スカーレットはセピアの言葉に驚いていたが、彼はすでに心に決めたようだ。
「では私も行かせてください」
「ああ、構わない。ではアイリス……行ってくる」
セピアはアイリスの額に口づけし、部屋を後にする。
セピアについて行くと決めたスカーレットも、アイリスに一礼してから彼の後に続いた。
◇◇◇
セピアはアイリスの家族について、婚約前から色々と知っていた。
どれほど性根が腐っていて、幼少期にアイリスがどのような仕打ちを受けて来たのかも。
「ここか」
ナディット男爵家は王都の外れにある、庶民より一回り大きい程度の古びた家に住んでいた。
一応庭はあったが、手入れなどされておらず枯葉が目立っている。
以前は領地も持っていたようだが、事業が失敗して売り払い、今ではこの家だけが唯一男爵家が保有している土地であった。
「うぃ~、ひっぐ……本当に、今日は最悪だったな……」
「本当れすよ! まさかあの子があれほど恩知らずな子だったらんて……」
セピアが中に入ろうとした時、酒のにおいを漂わせながら家に向かって歩く男女の姿を見つけた。
「あれえ、誰かいるなあ……」
「まさか旦那様、幻覚でも見てらっしゃるのねえ」
ひどく酔っている二人がまさにアイリスの両親で、フラフラになりながらセピアの前にやって来た。
「うーん、この顔なんか知ってるぞ……はっ!」
セピアが名乗る前に正体がわかったアイリスの父親……ナディット男爵は、すぐに頭を下げた。
「これはこれはロドリアン公爵様……!」
「なんですって⁉︎」
男爵夫人もその名を聞いて酔いが覚めたのか、目をカッと見開きセピアに視線を向けた。
「こんなところまで急にどうなさいましたか。すぐに家の中へご案内……ひっ」
男爵は媚びへつらう笑顔を浮かべながら、家にセピアを案内しようとしたが、ふと後ろにいるスカーレットに気づいた。




