35.その正体は
両親を追い返すことに成功し、執事長をはじめ、複数の使用人に心配そうに部屋まで送られ、ようやく一息吐くことができた。
「ありがとう、スカーレット」
部屋に戻るなり、私はスカーレットにお礼を伝える。
もしスカーレットがいなければ私は殴られていただろうし、上手く両親を追い返せていたかもわからない。
けれどなぜかスカーレットは私と距離を取るように、ドアの前から動かないまま俯いていた。
「スカーレット……?」
「黙っていて申し訳ありません」
なぜか突然頭を下げて謝られてしまい、戸惑ってしまう。
「どうして謝るの? むしろ私が迷惑をかけたのだから謝らないと」
「ずっと、アイリス様に黙っていました。魔法が使えるということを……」
それが理由でここまで申し訳なさそうに……というより、何かに怯えてるような姿を見せるだろうか。
「スカーレット。こっちに来て話そう?」
私はスカーレットに近づけば、ビクッと肩が跳ね、今にも泣きそうな目をしていた。
「アイリス様は、私が……怖く、ないのですか?」
「えっ……」
「恐ろしい化け物だと、そんな風に思わないのですか……?」
「そんなことない!」
父親が放った言葉を気にしているのなら、それは違う。
「今までスカーレットと過ごしてきたからわかる。いつも私のわがままに付き合ってくれるし、優しく気遣ってくれて、その笑顔に何度癒されたか。それに、私を守るために魔法を使ってくれたスカーレットを、怖がることなんて絶対あり得ないから」
以前、セピア様がスカーレットに私を守るような指示を出していたことを思い出す。
きっとセピア様は強くて信頼のおけるスカーレットだからこそ、私のそばに置いてくれたのだ。
「ありがとう。今までずっと、私を守ってきてくれたんだね」
「……っ、私は」
「泣かないでスカーレット。ほら、座って」
スカーレットの手を引いて、ソファに座る。
しばらく泣き続けるスカーレットの背中をさすっていると、落ち着いた頃にようやく彼女が口を開いた。
「……私は、田舎町で両親と妹の四人で暮らしていました。町の人たちとも仲良く暮らしていたある日、私が魔法を覚醒させたことによって全てが変わりました」
スカーレットの生い立ちは辛く悲しいものだった。
魔法を覚醒させた後、母親は父親に魔力の持つ男との不貞を疑われ、両親は喧嘩ばかりになり、ある日突然父親は家を出ていった。
母親は一人でスカーレットと妹を育てようとしたが、仕事で無理をして体調を崩してしまう。
不貞の噂や魔法を見たことがない町の人はスカーレットたちを次第に敬遠し、誰も手を差し伸べてくれず、母親は早くに亡くなってしまい──
「母が亡くなってから、妹を守りたい一心で何とか生き延びていました。ですが町の人が私たちの存在すら許さず……追い出そうとしてきたのです。私はストレスだったり、色々と限界に達してしまい、また魔法のコントロールなど一切できなかったのもあり、魔力暴走を起こしてしまいました」
魔力暴走とは確か……自我を失った中で魔法を使い続け、善悪がつかずに近くにいる人たち全員を巻き込んでしまう危険な暴走のことだったはず。
「町の人たちだけでなく、危うくそばにいた妹ですらも殺してしまっていたかもしれません。ですがその前に……当主様が現れ、私を助けてくれました」
スカーレットの表情が和らぎ、少し安心する。
良かった……大事になる前に、セピア様が助けてくれたようだ。
「当主様は私と妹に居場所を与えてくださり、私は公爵家の使用人として働いていました。ですが私は屋敷で初めて魔導士団を目にした時、衝撃を受けたのです。魔法は人々を脅かすものではなく、守るためにあるのだと……そんな私に当主様は言ってくださったのです。『自分がしたいようにすればいい』と。私は迷わず魔導士になることに決めました」
ここにも一人、セピア様に救われた人がいたのだと思った。
「魔導士としての日々は本当に幸せでした。そんなある日、当主様が私に頼まれたのです。そばで守って欲しい人がいると。その人が女性で、当主様の婚約者と聞いた時は本当に驚きました。ですが、当主様がとても愛おしそうな表情で婚約者の……アイリス様のことをお話しするので、迷いはありませんでした」
部屋に来て初めてスカーレットの視線が私と交わる。
「アイリス様には感謝してもしきれません。当主様はいつも一人でたくさんのものを抱えておられたのに、私たちは何もできませんでした。そんな当主様を、アイリス様は救ってくださったのです」
私だけの力ではない。
スカーレットをはじめ使用人や魔導士団など、彼を知る人たちの支えがあってこそだ。
みんなの支えがなければ、もしかしたらセピア様は今とは違う危険な選択を取っていたかもしれない。
「スカーレットたちのおかげで、今のセピア様があると思うの」
「アイリス様……」
「ありがとう、私に辛い過去を話してくれて。今日、魔法を使うのは辛かったよね」
「……いいえ。アイリス様をお守りできるなら、喜んで魔法を使います」
そんな強い瞳で返され、私は少し胸が痛む。
スカーレットやセピア様は過去を乗り越え、前に進んでいる。
それなら私は……?
両親の偽りの姿に心が揺らぎ、私一人の力では追い出すことなどできなかった。
私だけが何も変わらず、取り残されているようで苦しい。
きっと、両親は今回で諦めないだろう。
去り際に私を睨みつけるあの姿を思い出す限り、今後彼らは何度も屋敷に訪れるつもりだろう。
醜態を晒し続けて私に恥をかかせ、折れるまで待つはずだ。
多額のお金が手に入る可能性があるのだ、どんな手を使ってでも狙うに決まっている。
私に神聖力があるとわかった時も、お金欲しさに神殿に売ることを即決した人たちのだから。
「……はあ」
このままではまたセピア様に、屋敷の人たちに……公爵家に迷惑をかけてしまう。
力がなく何もできない、弱い自分が嫌いだ。
たとえ私には多くの人を助けられる聖女の力を持っていても、苦しむ人を助けられる力があっても……それを使わず隠す選択をした私は、果たして何のために生きているのだろうか。
ただ生きていても周りに迷惑をかけるだけの、ちっぽけな存在に思えてどうしようもなく苦しかった。




