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31.公爵の本音②

 きっと私の思いを言葉で伝えても、セピア様の苦しみを救うことはできない。

 だったら私の思いではなく、“事実”を伝えればいい。

 そう、クラレット様が私に話してくれたことを──


「セピア様のことだったんですね」


 それは忘れもしない、クラレット様から聞いた話だ。


 クラレット様は生前、歳を重ねるごとに体が弱っていき、国王に命じられた時以外はベッドにいる時間が増えていった。

 私はクラレット様に会いに、何度も足を運んでいたある日。

 クラレット様はベッドで上体を起こし、窓の外を見つめながら私にこう言った。


『アイリス。私には、大切な息子が二人いるんだ』


 クラレット様はとても優しい表情で話していたけれど、私は戸惑っていた。

 なぜならクラレット様にはすでに亡くなっている一人の息子しかいないからだ。


『一人目はアイリスも知っている通り、幼い頃に亡くなってしまった夫との子だよ』


 我が子を失ったショックはクラレット様の心にいつまでも残り続け、切ない表情になっていた。


『それからもう一人は……私を苦しみから救ってくれた、心優しい子なんだ』


 その人物について話を聞くのは初めてだったが、クラレット様の声音や表情から、どれほど大切に想っているのか強く伝わってきた。


『己の無力さに打ちひしがれていた少年が、今ではとても強くて立派な大人になっていてね。苦しいだけの討伐も、いつしか彼のおかげで苦痛なく参加できた。きっとここまでくるのに、血の滲むような努力をしてきたことだろう』


 その時思った。

 ああ、その人はクラレット様にとても愛されているのだなと。

 クラレット様にそんな風に想ってもらえるその人のことが少し羨ましかった。


『とても、素敵な方なんですね』


 もちろんその感情は表に出さなかったけれど。

 それに、クラレット様がそう話すぐらいだ。とても素晴らしい方に決まっている。


『そうさ。私の自慢の息子だ』


 その時のクラレット様の笑顔は、とてもキラキラと輝いていて幸せに満ちていた。

 そんな風に笑う姿は初めて見たような気がして、私はなぜか泣きそうになった。

 同時に、クラレット様を笑顔にするその人物に会ってみたいと思った。


『今度ぜひ私に紹介してください』

『……ああ、紹介しよう。あまりの麗しさに、アイリスは一目惚れしてしまうかもしれないよ』

『ますます気になります』


 けれど、その願いが実現する前にクラレット様は息を引き取ってしまった。

 国王の仕打ちはあまりにも酷いもので、たくさんクラレット様を苦しめてきた。ようやくそれから解放され、クラレット様は楽になれるだろうか。

 クラレット様の人生は辛いだけのものではなく、確かに幸せな時間も存在していた。

 その“自慢の息子”の正体こそが──セピア様だったのだ。

 クラレット様の言葉を思い返しながら、セピア様に伝える。

 その心に届いてほしいと願いながら。


 全て話し終えたけれど、セピア様は俯き加減で黙ったままだった。

 隣に座っているため表情があまりわからず、そっと覗き込もうとした時……セピア様の頬に一筋の涙が伝った。

 それは、一人で全てを抱え込み、自分を責め続けてきたセピア様の苦しみを表していた。


「……っ、セピア様……!」


 私は咄嗟にセピア様の頭を胸元に引き寄せて抱きしめる。

 冷酷無慈悲と呼ばれていたその姿は、単に自分を殺し続けた結果だったのだ。


「セピア様、思い出してください。クラレット様はいつも、セピア様に何を話していましたか……? 」


 自慢の息子だと語っていたクラレット様が、一度でもセピア様を恨んだことがあるだろうか。

 辛く苦しい過去の中で、クラレット様との日々を思い返してほしかった。

 セピア様は何か言葉を発することもなく、声を殺して静かに涙を流している。

 その姿はまるで、小さな子供のようだった。



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