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30.公爵の本音①

 クラレット様の話をした後、セピア様の様子が明らかに変だった。

 屋敷に着いてから夕食を共にしていた時もどこか上の空で、就寝前になってもセピア様のことが気になって仕方がない。

 このままセピア様を一人にしていたら後悔する気がして、私は会いにいくことにした。


「あれ、執事長……?」


 きっと今日も執務室にいるのだろうと思い、スカーレットを連れて向かっていると、部屋の近くで執事長がうろついていた。


「アイリス様……!」


 私を見つけるなり安心したような、嬉しそうな表情になり、すぐさま駆け寄ってきた。


「どうされましたか?」

「実は当主様の様子がおかしいのです。誰も部屋に入れるなと仰り、私を含め人払いされてしまい……」


 やはり私の勘は間違っていなかったようだ。

 このようなことは初めてなのか、執事長もひどく戸惑っている様子。


「私も気になっていたので、今から会いにいってきます」


 そう言って私は執務室の前に立ち、ドアをノックする。

 返事がなかったり追い返そうとされたら強引に部屋へ入ろうかと思っていたけれど、緊急事態だと思ったのか、セピア様が「入れ」と通してくれた。


「誰も入れるなと言ったはずだが……」


 セピア様は責めるように話しながら顔をあげるなり、目を見開いた。


「アイリス、こんな遅くにどうした?」


 途端に柔らかな声音になり、ついドキッとしてしまう。


「寝る前にセピア様に会いたいなと思い……執事長には止められたのですが、お邪魔でしたか……?」


 あえて心配だとは口にしなかった。

 セピア様のことだ、「大丈夫だ」と突き放されかねない。


「そんなことはない。会いに来てくれて嬉しい」


 セピア様は私を快く受け入れ、ソファに座るよう誘導される。

 すぐにセピア様も隣に座ってくれたため、逃げられないようにと彼の肩に頭を寄せた。


「今日はやけに積極的だな」

「そ、んなことは……」


 確かにそう思われても無理はないけれど、恥ずかしくなってつい否定してしまう。


「冗談だ。君が来てくれた理由はわかっている」


 なるべく自然にと思っていたが、どうやらバレバレだったようだ。


「オペラから話を聞いたのだろう?」


 全てわかっているような言葉に、これ以上嘘をついても無意味だと思った私は素直に頷く。


「ですが、私がもっとセピア様のことを知りたくて聞きたいと言ったのです」

「私の弱さを象徴した、つまらない話だっただろう?」

「そんなことありません」


 否定しても、力ない笑みを返されるだけで、この気持ちが伝わっていないことがわかる。


「セピア様のことが知れて嬉しかったです。それに……私が幸せにする、というのはその場凌ぎの言葉ではありませんから」


 目を見て言うのはあまりにも恥ずかしくて、セピア様に熱くなる顔が見えないよう俯く。

 けれど、私の想いが届いてほしかった。


「ありがとう、アイリス。君と出会って、私は何度救われただろうな」


 特に何かした覚えはないし、救われたのは私の方だけれど……それでも、私がセピア様の力になれたのなら嬉しい。

 その後、少し沈黙が流れる。

 けれど気まずさはなく、どこか穏やかで落ち着くような時間だった。


「オペラからどのような話を聞いたのか、教えてくれないか?」


 セピア様にぴたりと寄り添ったまま動かないでいると、沈黙を破ったのは彼だった。


「お義姉様からは……」


 特に隠すこともないだろうと思い、お義姉様から聞いた話を正直に答える。

 きっとお義姉様から聞がなければ、決して知ることができなかったであろうセピア様とお義姉様の過去の話。

 全てを話し終えると、セピア様は再び口を開いた。


「少し、私からも話を聞いてくれないか?」

「もちろんです」


 セピア様からも話してくれるとは思わなかったけれど、すぐに頷く。

 きっとそこにはセピア様しか知らない過去もあっただろう。

 セピア様は私の反応を見てお礼を言った後、話し始めた。


「オペラの話は全て事実だ。私は魔法を使えるのが遅く、オペラが先に覚醒した。それを見た両親はまだ幼いオペラに過酷な訓練をさせ、オペラは苦しんでいたのに、私は黙って見ていることしかできなかった不甲斐ない兄だ」


 お義姉様はセピア様を慕い、いつも守ってくれたと嬉しそうに話していたのを思い出す。

 それは違うと否定したかったけれど、グッと我慢してセピア様の話に耳を傾ける。


「そんな無能な自分が嫌になっていた時、クラレット様とアンバー様に出会った。魔法がなくても剣一つで魔物を一瞬で仕留めるアンバー様を見た時は衝撃が走ったものだ」


 お二人の話をするセピア様の表情はとても優しく、温かかった。


「魔法が使えなくても、オペラを……誰かを守ることができると思った私は、アンバー様に頼んで剣術を教わった。だがいくら剣術を学んだところで私が無能であることは変わらず、アンバー様を死なせてしまい、クラレット様を苦しめた」


 お義姉様の言った通り、セピア様は自分を責めていた。そんなの……苦しんでいるのはセピア様も同じではないか。


「だが私は、国王に責任を押し付けることでしか自分を保てなかった弱い人間だ」

「セピア様は悪くありません……!」


 咄嗟に口を挟んでしまう。

 クラレット様もお義姉様も、国王に対する怒りを露わにしていたけれど、セピア様を責めたことは一度もなかった。


「いや、私の弱さが起こしたことだ。あの日からずっと考えていた。もし討伐より前に魔法を使えていたら、と。現実から逃げるように、全て国王のせいにして、復讐心を抱き続けた。たとえ国王を殺したことで国が混乱し、滅びようとも構わないと思っていたくらいだ。それなのに……魔導士団と騎士団を掌握してあと一歩のところにきても、なぜか躊躇ってしまう自分がいた」


 セピア様のうなだれる姿は見ていて胸が痛む。


「だが今日、馬車で君からクラレット様の話を聞いた時……私は自分の愚かさにようやく気づいた。忘れていたんだ。アンバー様やクラレット様がどのような想いでこの国を守り続けていたのかを。この国が好きで、民のことすら案じていたお二人の姿を誰よりも近くで見てきたのに……私は自分の都合でそれを壊そうとしたんだ」


 もし私が今日会いに来ていなかったら、一人でその苦しみを抱え続けるつもりだったのだろう。

 今までもそうだったように、これからも。



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