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3.二人の関係

「ん~、美味っしい!」


 それから約二年が経ち、私と公爵様の仲はだいぶ深められた……はず。

 公爵様はこれまで何度も神殿を訪れ、その度に私が対応していた。

 最初こそ主従関係のようだったけれど、徐々に距離は近づき、今では友のように公爵様と一緒に食事をする仲だったり。そう思っているのは私だけかもしれないけれど。

 公爵様に出される食事があまりにも美味しそうで、そばに控えながら凝視してしまっていた日が懐かしい。

 視線に耐えられずに声をかけてくれたのかもしれないけれど、今ではさも当然のように私を食事の席に呼んでくれるため、つい甘えてしまっている。


 さすがは神殿に多額の寄付をしているだけあって、公爵様は高待遇だ。

 他にも寄付している貴族は多数いるが、今では皇室をも凌ぐ力を持つと言われているロドリアン公爵の富や名声とは比べ物にならない。

 まあ、落ちこぼれにお世話係を押し付けるのはどうかと思うけれど。毎回公爵様が帰った後は粗相はなかったかと質問攻めにあうのは少しは面倒だ。


「あれ、公爵様は召し上がらないのですか?」

「私のことは気にするな」


 公爵様は自分の食事に手をつけず、微笑ましそうに私を見つめている。

 いつもは一人で食事をとるため、誰かに見られながらの食事は少し気まずいのだけれど……まあ、公爵様だからいいか。


「ほら、たくさん食べるといい」


 このように何かと私を気にかけてくれるのには理由がある。公爵様には他国に嫁いだ妹がいて、とても仲が良かったとか。そのため、私のことを妹に重ねているのだろう。

 さすがに私は公爵様を兄と思って接することはできないけれど、厚意はありがたく受け取っている。

 こんな風に誰かと他愛のない話をしたり、食事をしたり……と気を許す相手は、過去にクラレット様しかいなかった。


「お仕事が立て込んでいるのですか?」


 食事を終えると、公爵様はすぐに仕事をし始めた。

 私は特に何もすることなく、ただソファに座ってのんびり過ごしているだけ。

 普段はまだ食事すらとれずに、押し付けられた雑用をこなしている頃だろう。


 最初は公爵様の身の回りの世話をしようとしたけれど、全てご自分でやってしまい、何もしなくていいと言われてしまった。

 そのため、何か命じられるまで部屋の隅で待機していると、今度は「ソファに座るといい」と言われてしまい……さすがの私も躊躇ったけれど、最終的には「命令だ」と言われ、その日からソファに座るのがお決まりとなってしまった。

 一度、「用があれば呼んでください」と言って隣の部屋で待機しようとしたが、呼ぶのが面倒だから部屋にいろと言われて今の状態が完成してしまった。


 とはいえ、何か命じられることもないし……私の仕事は公爵様を部屋に案内してお茶を出したり、食事を運んだりするだけだ。

 あとは本当に自由で、ゆっくり過ごさせてもらっている。

 公爵様の方が神殿に来た時ぐらい、ゆっくりしたらいいのに……と思って声をかけたけれど、きっと仕事を中断しないだろう。

 二年間共に過ごしてきて、公爵様がこの部屋で仕事をしていない時などあっただろうか。


「特に急ぎではないが……ああ」


 公爵様は何かを思いついたような顔をしたかと思うと、書類を手にしたまま何故か私の隣に腰を下ろす。


「あの、公爵様……いかがされましたか?」

「君が一人で寂しいのだろうと思ったのだが、違ったか?」

「なっ……!」


 どうやら公爵様は、私が寂しくて声をかけたのだと勘違いしたようだ。


「私はただ公爵様のお体が心配で……!」


 なんだか恥ずかしくて訂正しようとしたけれど、公爵様は私の頭にポンと手を置いた。

 大きな手が私の頭をゆっくりと撫でる。まるで大切なものを愛でるような行為だ。

 普段は周りが恐れるほど冷たい表情をしているのに、私に微笑みかける今の姿は柔らかくで温かい。

 誰も知らないだろうな……まさか公爵様が天然タラシだったなんて!

 妹の話を聞いていなかったら、私のことを好きなのでは……と危うく勘違いしてしまうところだった。

 他の女性が今の公爵様を見たらイチコロだろう。周囲から恐れられて敬遠されているけれど、きっとすぐに食いつくはずだ。

 眉目秀才、若くして公爵家当主、国一番の最強魔術師……優良物件を通り越して最上級物件だ。まだ結婚していないのがおかしいくらいに。

 まさか懐に入れた人間に対してここまで寛大で優しい人だったとは思わなかった。


「私の心配してくれているのか」

「もちろんです。公爵様は神殿に来られた時もずっと仕事をされているので、あまり無理してほしくありません」


 正直、私が力を隠していなければ、神聖力で公爵様の体を癒すことができるのだけれど。

 神聖力とは人々の癒しと魔物の浄化が主な役割だ。

 癒しといっても単に小さな怪我や疲労回復といったものにしか使えず、治癒と言えるほどの能力ではない。

 しかし、聖女は違った。

 聖女として覚醒した者は莫大な神聖力を持ち、致命傷ですらもすぐに治してしまうほど優れた治癒能力を有していた。

 だからこそ国は……国王は、クラレット様を我が物にし、戦や討伐に駆り出しては能力を使わせ搾取し続けたのだ。

 その力を私は覚醒させたのだが、公爵様にも聖女の力のことは話していない。いつどこで漏れるかわからないため、不用意に言えないのだ。隠しごとをしているのは少し申し訳ないけれど……それは公爵様も同じだ。

 何度も神殿に訪れる理由が公爵様にはあった。

 中身まではわからないけれど、公爵様はこの神殿で何かを探している。

 もちろん私は追求しないし、知りたいとも思わない。

 きっと程よい今の距離感が一番心地よくて合っている。


「今日の仕事はもう終わりにするとしよう」

「本当ですか? たまには休んでくださいね! すぐお茶をお淹れします!」


 私の言葉を受け止めてくれたようで、公爵様は書類を片付け始める。

 その間に私は立ち上がってお茶を淹れ、寛げる準備をした。

 ようやく仕事をした気分だ。

 普段に比べると仕事量は天と地ほど差があるけれど。


「公爵様、こちらへどうぞ!」


 準備を終えると、ニコニコしながら公爵様をソファへ座るよう促す。


「嬉しそうだな」

「やっと仕事ができたので! もっと指示してくださったら喜んで動くので、なんでも仰ってくださいね」


 他の人たちに言われたら腹が立って嫌だけれど、公爵様は別だ。

 むしろ私まで高待遇に対する恩を返したいぐらいだ。


「なんでも、か」

「はい! 公爵様のためならなんでもいたします!」

「ではもう一度座ってほしい」

「……えっと、もっと他にはないでしょうか! 服を干したり、髪を手入れしたり、何ならマッサージとかでも……!」

「必要ない。早くここに」


 公爵様は自分の隣を指でトントンし、座るよう命じられる……というより、お願いされる。

 大人しく隣に座ると、公爵様は私の肩に頭を乗せてきた。

 こ、これはいったい何の時間……⁉︎

 甘えるような動作に不覚にもキュンとしてしまう。


「こ、公爵様……いったいどうされたのですか?」


 今まで一度もこんな風に触れ合ったことはない。

 もはや二人の距離はゼロ。こんな経験初めてだ。

 その時、ふと私に公爵様のお世話係を命じた神官の言葉を思い出す。


『もしロドリアン公爵様がお前の体を求めたら、必ず応えるのだ。抵抗せず、相手を満足させることだけを考えろ。いいな?』


 私を道具として見ているような言い方だった。

 もし満足させることができれば、神殿とは公爵家の仲がさらに深まり、寄付額を増やせるとでも思ったのだろう。

 しかし二年以上が経った中、公爵様は一度たりともそのような素振りを見せたことはなかった。 

 今まで女性関係の噂すら流れたことがなく、その類に一切興味がないのだと思っていた。

 そのため、突然のスキンシップに動揺を隠しきれない。


「君が休めと言っただろう」


 言ったけれど、これは違うといいますか。

 公爵様の重みが伝わってきて、緊張が増していく。


「お疲れでしたらベッドで眠るのはいかがですか……?」


 そろそろ限界だと思った私は就寝を提案する。


「別に疲れているわけではない」

「公爵様……」


 公爵様相手にこれ以上強く言えるわけもなく、諦めて大人しくすることにした。

 距離が縮まったと思ってはいたけれど、まさかここまで心を許してくれていたなんて。

 嬉しいような、照れくさいような……そうして公爵様の知らない一面が増えていく。

 もちろんそれ以上のことはされず、緊張の中で時間だけが過ぎていった。



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