表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/66

28.兄妹の過去と未来の約束⑤

「な、な、何が起こって……!」


 いったいどういうことだと思っていると、覚醒したばかりの頃のクラレット様の言葉を思い出す。


『聖女の力を使っている時は、神聖力が身体中を満たして興奮状態になるんだ。だから決して私の前以外で使ってはいけない。もちろん一人の時もだ』


 その時は興奮状態の意味を理解していなかったけれど、もしかしてこのことかと思った。

 確かに覚醒した時はまだ幼く、髪や瞳の色が変わると教えられていたら、それ見たさに勝手に力を使っていたかもしれない……けれど、それなりに大きくなった頃にはちゃんと教えて欲しかった、なんて。


 自分の姿に戸惑っていると、部屋の窓がコンコンコンと不規則に叩く音が鳴った。


「俺の信頼できる部下だ。恐らく緊急事態らしい。中に入れても構わないか?」


 皇帝はセピア様に確認を取り、セピア様はどこか警戒しながらも頷いていた。

 すぐに窓が開けられ、男の人が部屋に入るなり皇帝の前で跪いた。


「何事だ」

「国王がこちらに向かっているようです」

「なっ……⁉︎」


 それは確かに緊急事態だ。

 再び姿見に視線を向けると、まだ髪や瞳の色は金のまま。


「ど、ど、どうしよう……! どこかに隠れて」

「国王はすでに陛下たち四名が部屋にいることを把握しております」

「そんな……」


 それだと隠れたら余計怪しまれてしまう。

 このままバレるしかないのか。


「セピア様、どうしたら……!」


 慌ててセピア様の元へと駆け寄る。

 こうなったのは自分のせいだけれど、頭が真っ白になり頼ってしまう。


「クラレット様は力を使った後について、何か話していなかったか?」


 セピア様の言葉を聞いて、すぐさまクラレット様と訓練していた日々を思い返す。

 その時、ふとクラレット様の言葉を思い出した。


『興奮状態から冷めるには、時を待つかあるいは──』


「何か他のことに意識が向けば、すぐに落ち着くと仰っていました! 一番手っ取り早いのは己を傷つけることだと!」


 鋭利な刃物で体の一部でも刺しをすれば、すぐに冷めるはずだと言っていたが、その話を聞いてとても恐ろしくなった私は絶対に力を使わないと決めたものだ。

 けれど今は緊急事態だから仕方がない。


「なのでセピア様、短剣といった刃物はお持ちですか?」

「……ない」

「で、では私を痛めつけてくださいませんか? それか魔法で何かバーンと一発……」

「私に君を傷つけられると思っているのか?」

「それは……っ、お義姉様! どうか私を燃やしてくださいませ!」

「貴女を燃やすなんてそんなの嫌よ!」


 お二人に拒否されてしまい、いよいよ終わりだと思った。

 諦めて国王にこの身を捧げるしか──


「君はなぜ己を傷つける方法しか試そうとしない」

「ですがこれしか方法が……」

「すまないアイリス。君を傷つけるくらいなら、こうしたい」

「セピア様……?」

「責任は取る」


 いったい何をするつもりだろうと思っていると、後頭部に手を添えられる。

 もう一度声をかける前にセピア様の顔が近づき、ふにっと唇に柔らかな感触が走る。


「……っ⁉︎」


 キスをしていると理解するのにそう時間はかからなかった。

 咄嗟にセピア様の胸元を押し返そうとしたけれど、ビクともせずに離してくれない。


「待っ……んん」


 ようやく解放されたかと思うと、角度を変えてまた唇を重ねられる。


 どうしてセピア様はキスなんて、急に……しかも皇帝やお義姉様が見ている前で!


 色々な感情が混ざり合い、顔が熱くなる。

 パンク寸前になった私はセピア様の服を掴んで身を委ねるしかなかった。


「あっ、色が……!」


 お義姉様の声が遠くで聞こえた気がした後、ようやくセピア様のキスが終わる。

 そのまま離れるわけではなく、セピア様は私の顔を隠すようにして抱きしめてくれた。


 その気遣いはありがたいけれど、人前でキスをするのはいかがなものかと……!


「そっちの件は大丈夫そうだな。まあ、本来の目的は俺の容体を確認することだ、毒に侵されつつも耐えて平気なフリをしている姿を完璧に演じてやろう。先程の吐血もいい雰囲気を出してくれているな」

「じゃあわたくしは国王に媚びへつらう演技をするわ」


 どうしてお義姉様たちは平然としていられるのだろう。

 いや、むしろ見ていなかったことにしてくれているのかもしれない。

 だとすれば感謝するべきだけれど……今も胸がドキドキし、違う意味で興奮状態だった私は、セピア様の胸元に顔をうずめた。


「……っ、アイリス。あまり動かないでくれ」

「こうなったのはセピア様のせいです……」


 そんなこと言われても、責任は取ってもらわないと。

 絶対に離れないぞと思っていると、ついに国王が部屋にやってきた。

 そのため仕方なくセピア様から離れ、隣に立つ。


「公爵たちもいたのか」


 わざとらしい口ぶりだったが、国王の視線は明らかに皇帝へと向けられていた。


「実は伝え忘れていたことがあってな。歓迎の意として夕食を招待したいのだが……どうかね?」

「まあ、国王陛下のご厚意に感謝いたします。しかし申し訳ありません。実はわたくし、少しの体調が優れず……」


 皇帝の体調がバレないようにあえてお義姉様の体調が悪いフリをする、までが作戦だろう。

 あからさまなところが、あえて皇帝の容体が悪いのだと言っているように聞こえ、国王をうまく騙せた様子だった。


「そうか、それは仕方がない。体調はどうだ? あまりに悪いようならすぐに王宮一の医者を呼ぶから、すぐに教えてくれ」

「寛大なお心に感謝いたします」


 その時、先ほどから黙っている皇帝の服についた血に気づいたのか、国王が必死に笑みを堪えているのがわかる。

 それはもう国王の仕業だと言っているようなものだ。

 相変わらず汚いやり方をする。

 皇帝の体調を確認して満足したのか、国王はすぐに部屋を後にした。


「本当にあいつ大嫌い」


 お義姉様は敵意をむき出しにし、ドアに向けて舌を出していた。


「アイリス嬢、俺を助けてくれて感謝する。先程見たこと全て口外しないと約束しよう」

「頭を上げてください……!」

「いや、アイリス嬢がいなければあの王の思う壺だっただろう。それと……さっきは変人と言って悪かったな」


 特に気にしていなかったけれど、律儀な人だと思った。

 セピア様と同じで外見は怖いが優しい人なのだろう。


「陛下を助けてくれてありがとう、アイリス……!」

「わっ」


 思わず笑みが零れていると、お義姉様に力強く抱きしめられる。


「陛下を失うんじゃないかって、本当に怖かった……」


 お義姉様にとって皇帝はかけがえのない存在なのだと、今日だけで十分に伝わった。

 初めて人のためにこの力を使ったけれど、後悔はない。

 むしろようやく誰かの役に立て、私自身報われた気がした。


 もしかすると、クラレット様もこんな気持ちだったのかもしれないと思いながら──



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ