24.兄妹の過去と未来の約束①
オペラ皇后陛下は、王宮にある一室に私を連れて来た。
移動中も皇后陛下は一切口を開かず、今から何をされるのだろうと緊張する。
「お茶の用意をしたら皆下がってちょうだい」
「承知いたしました」
部屋に待機していた使用人に命じた皇后陛下は、ため息を吐きながらソファに座った。
使用人はテキパキと茶菓子の準備をし、早々に部屋を出て行く。
ついに皇后陛下と二人きり……一応テーブルには私の分の紅茶も用意してくれているようだったけれど、座っていいと許可を得たわけでもないため、おとなしく立っていた。
「貴女がアイリスね」
ようやく皇后陛下が口を開いた。
女性にしては低めの声にビクッと肩が跳ねる。
これは通常運転なのか、機嫌が悪い声音なのかわからず反応に戸惑っていると、皇后陛下が突然立ち上がって私の元へやってきた。
思わずぎゅっと目を閉じたけれど──
「はああ、会いたかった! そんなに怯えなくて大丈夫だから」
なぜか勢いよく抱きしめられ、頭が真っ白になる。
「さっきは貴女と目が合って顔が綻びそうになったけれど、威厳を保つために我慢していたの。もし怖い顔になっていたら勘違いだから気にしないで」
そう言って皇后陛下は私の顔を覗く。
その瞳はキラキラと輝いていて、先程と雰囲気が大きく変わっていた。
「ほら、取って食べたりしないから安心して。人払いも済ませたし、早く座ってお話しましょう?」
今の皇后陛下にはどこかあどけなさを感じ、突然の可愛いギャップに胸がキュンと締め付けられる。
「あっ、まだ挨拶をしていなかったわね。わたくしの名前はオペラ。オパール帝国の皇后で、貴女と婚約しているセピアお兄様の妹よ。わたくしは貴女にとって姉のような存在になりたいと思っているから、ぜひお義姉様と呼んでほしいわ」
とっても嬉しそうに話していたが、いきなり皇后陛下を『お義姉様』と呼ぶなど、ハードルが高すぎやしないだろうか。
「ね?」
さすがは兄妹、この笑顔の圧がセピア様と同じだ。血の繋がりを感じられる。
「お義姉、様……」
「うん、良くできました! わたくし、ずっと姉になることに憧れていたから嬉しい」
可愛い……! と思わず口にしてしまいそうになる。
こう、格好いいけれど可愛い一面もあるなんて、感情が大忙しだ。
「これからは義姉としてよろしくね、アイリス」
「こ、光栄です……」
「他人行儀で話さなくて大丈夫よ。仲良くしましょう」
距離感の詰め方が異常で、ここもセピア様と同じだと思った。
内側に入れた人間に対しては積極的にくるところは、もしかして遺伝が関係しているのだろうか。
「アイリスは知らないだろうけれど、実はわたくしがお兄様に貴女への好意を自覚させたのよ」
「……え」
「ほら、お兄様って見た目通り色事どころか女性に一切興味がないでしょう? だから本当に鈍感で……貴女の話をしている時なんて、もう“好き”がたくさん溢れていたのに、全く自覚していなかったんだから」
その時のことを思い出したのか、小さく笑っていたが、衝撃の発言に私は驚きを隠せなかった。
今、皇后陛下は……お義姉様は、セピア様が私を“好き”だと言わなかった?
「それでわたくしが教えてあげたらようやく自覚したのだけれど、その時のお兄様が本当に可愛くて……! 普段はとっても格好いいのに、もう耳まで真っ赤にして最高に可愛かった……って、アイリス? その表情はどういう意味かしら?」
私の様子がおかしいことに気づいたのか、 お義姉様は眉を顰めた。
「あ、えっと……セピア様は、私のことが好きだったんだなと思いまして……」
「何言っ……え、もしかしてお兄様、まだ貴女に想いを告げていないの?」
お義姉様の言葉に素直に頷くと、今度は彼女が驚いた表情を浮かべた。
「そんな……まさかお兄様が恋愛面に関してポンコツだったなんて! きっと純粋すぎるあまり、どうしたらいいのかわからなかったのね……はああ、お兄様の可愛い一面が増えていくの最高なのだけれど」
お義姉様はセピア様が大好きという気持ちが溢れていた。
「あ、ですが……行動では表してくれていて、ただの自惚れで勘違いだったら恥ずかしいなと思い……」
「行動? それはとっても気になる話ね、ぜひ聞かせてちょうだい」
「口にするのは恥ずかしいのでお許しください……!」
積極的に迫られたことを思い出すだけで顔が熱くなる。
「それほどのことをされたの? お兄様に?」
突然お義姉様の目が怖くなる。
これはどういう感情だろう。
「あーあ、どうしてわたくしはお兄様と血が繋がっているのかしら……兄妹じゃなければ絶対にお兄様を好きになっていたわ。お兄様に愛される貴女が羨ましい」
「愛され……⁉︎」
「けれどわたくしは幼少期からたくさんお兄様に愛されて、守られてきたからね。アイリスに負けず劣らず大切にされているんだから」
今度は自慢気に話し出す。
嫉妬どころか、可愛くて格好いいロドリアン兄妹を拝めたことに対する感謝の気持ちすら込み上げていた。
「……あ」
お義姉様に癒されていると、今度はハッと慌てた様子で見つめられる。
「ち、違うのよ! わたくしは貴女とお兄様の結婚を認めていないのではなくて、むしろ応援しているの。今日は貴女にお願いがあって……気を、悪くした?」
あまりの尊さに胸がギュンと締め付けられて苦しくなる。
少し怯えながら私の反応を伺う姿はまるで、小動物のようだ。
お茶会に現れた時の気高く美しい姿がまるで嘘のようだ。




