22.お茶会①
セピア様と別れ、私とスカーレットはビリジアンの待つお茶会の場へとやってきた。
「あら、アイリスじゃない」
まだ約束の時間まで余裕があるはずなのだけれど……どうしてか、すでにお茶会が始まっていた。
令嬢たちがテーブルを囲って座っており、ビリジアンの一言で一斉に私へと視線が向けられる。
「あまりにも遅いから、何かあったのではと心配だったのよ」
「まだ開始時間前のはずですが……」
「まあっ、きっとわたくしの補佐が間違った時間を伝えてしまったのね。この場で謝罪させてちょうだい」
わざと遅れたことを責め立てるのかと思いきや、素直に謝罪される。
それが余計に嫌な予感を掻き立たせた。
「いいえ。私は気にしていませんので……」
「それではわたくしの気が済まないの。二度と同じ過ちを繰り返さないよう、今すぐ罰を与えるわ。連れてきなさい」
すでに準備されていたようで、一人の聖女補佐がこの場に連れてこられた。
『明日、アイリスが神殿を経つから……最後に、かつては聖女候補だったみんなで集まって、話したいなって……』
『ごめ……なさ……許してとは言わない、から』
その人物を見て思い出したのは、神殿を出た日の夜のこと。
私を襲おうとした神官たちが待機する聖堂まで誘導した……ビリジアンに利用された子だ。
すでに傷付けられていたのか、顔には怪我を負い、服もボロボロに汚れていた。
「ご、誤解です聖女様! 私は何もしておりません……!」
「この期に及んで言い訳するつもりなの? わたくしは貴女にしっかり伝えたわよね?」
「私は何も……」
ガタガタと震え、涙目になりながら無罪を主張している姿を見て、ビリジアンが濡れ衣を着せようとしているのは一目瞭然だった。
「聖女様、どうか怒りをお鎮めください」
「そんなのできないわ。だって貴女に恥をかかせたのよ? それに他にも彼女に罪があるのは知っているでしょう?」
その罪とは、あの日の夜のことを言っているのだろう。
あの一件は箝口令が敷かれ、一部の者しか知らない。
その場にいなかったビリジアンはもちろん知らないはずだ。自分が関係者でもない限り──
「彼女とは長い時間、神殿で共にしてきました。支え合ってきた仲間です。どうかそれに免じて、一度機会を差し上げてはいかがでしょうか」
「いいえ。ここは厳しく躾けないと、きっとまた同じことを繰り返すに……」
「この国の人々は、聖女とは慈悲深い方だと認識されているようですが……どうやら違うみたいですね。ああ、それとも偽物なのでしょうか?」
あえて周りに聞こえないよう、ビリジアンの耳元で話す。
「……っ、貴女!!」
聖女の力を使えないビリジアンは、偽物という言葉に対して過剰な反応を示した。
「どうか機会をお与えください。私は気にしていませんし、本人も反省しています」
「アイリスがそこまで言うなら……許してくれてありがとう。わたくしも罰を与えるのは心が痛かったから嬉しいわ」
よくもまあスラスラと嘘が吐けるものだ。
とはいえ彼女は罰を与えられずに済みそうで、その後すぐビリジアンの指示で立ち去っていった。
まだお茶会は始まったばかりだというのに、すでに疲労が溜まる。
「では仕切り直して行きましょう。みなさん、彼女が先程話していたアイリスです。同じ聖女候補の時から、支え合ってきた仲間です」
ニコニコと笑い愛想を振りまくビリジアンは、タイプが国王とそっくりだ。
裏表が激しいところも、人を簡単に傷つけられるところも似ている。
極悪非道な人間はこうも似ているものなのか。
「お初にお目にかかります、アイリス・ナディットと申します」
いくらセピア様の婚約者とはいえ、今はまだ男爵の身。
見たところ、この場にいる全員が上流貴族の令嬢のため、非礼は許されない。
だが私をよく思っていない人ばかりが集まっているようで、その場にいる全員から冷たい視線を向けられた。
幸先不安の中、お茶会が再開する。
「あのパーティーでの聖女様、本当に素敵で……」
「皆が魅了されていましたわ」
早速始まったのは、私が入れない話題で盛り上がるというもの。
残念ながら私はいないものとして扱われることに慣れているため、何のダメージもない。
むしろゆっくり紅茶やお菓子を楽しめて良い。
「あらやだ、ごめんなさい。アイリス様は一度もパーティーに参加されたことがないでしょうに、このような話をしては失礼ね」
「私は構いません。今後はセピア様と参加する機会が増えると思いますので、むしろみなさんのお話を聞いて勉強させてください」
セピア様の名前を出せば、令嬢たちの顔色が変わる。
「ロドリアン公爵様とは仲がよろしいのですか? 危険な方という度々噂を耳にしますので、アイリス様のことが少し不安なのです」
好奇心が勝ったのか、躊躇いがちに令嬢の一人にそう質問される。
気づけば周りは私に興味津々。不満そうにしているのはビリジアンだけだ。
「セピア様はとても優しいお方で、いつも私を気遣ってくれます。今日も一緒に王宮まで来ましたし、この間は王都に出かけて……」
「まあ。公爵様と一緒に王都へ行ったのは本当でしたのね。だとしたらあの噂も事実でして?」
噂とはなんのことだろう。
もしかして、またセピア様の良からぬ噂が出回っているのか。
ふと不安に思ったけれど、噂されていたのは私の方だった。
「アイリス様が魔性の女で、公爵様を籠絡しているという……」
「……うっ⁉︎」
あまりの衝撃に咽せてしまう。
「おかしな噂が出回っているみたいですね……」
知らなかった。
公爵様と仲睦まじい姿をアピールしていたつもりが、周りからそのように思われていたなんて。




