21.王宮へ
公爵様……セピア様はずっと、私に対して妹のように接してくれていると思っていた。
そこに恋愛感情はなく、ただ家族のように大切に思ってくれているのだと信じて疑わなかった。
けれど……本当に妹として見ているなら、あのような迫り方をするだろうか。
セピア様のことを名前で呼ぶようになったあの日以降、ずっとそのことで頭がいっぱいだった。
お茶会に向けて礼儀作法の授業も受けているけれど、どうしてもセピア様のことを考えてしまい、中々集中できなかった。
それに今、何かと理由をつけてセピア様を避けていたりする。
相変わらず仕事で忙しそうなセピア様は、そのことに気づいているかはわからないけれど。
悩んでいる間に月日は流れ、ついにお茶会の日がやってきた。
初めてセピア様とデートした日に見繕ってもらったドレスを着て、今日に挑む。
気合を入れて色は赤にしてみたけれど、シンプルなデザインのためか華やかな印象を与えつつ、どこか落ち着きがあって思いの外悪目立ちはしなさそうだ。
「……よし」
今日はついにビリジアンと会う。
最後に会ったのは神殿の部屋に押しかけて来た時で、私が神官たちに襲われかけた後も結局会えずに終わった。
セピア様から聞いた話だが、ビリジアンの仕業である証拠がなく、神官も口を割らなかったことで罪を問えなかったらしい。
申し訳なさそうにされたけれど、神官たちは罰せられて良かったと思うことにした。
「緊張されていますか?」
いつもよりソワソワしている私に気づいたのだろう、スカーレットにそう尋ねられる。
「セピア様の婚約者として表に出るのは初めてだから、少し緊張しているかも」
「当主様のお相手はアイリス様しか考えられませんので、どうか胸を張ってください。それに、もし何かあったら必ず私がお守りします」
「スカーレット……」
スカーレットの言葉に勇気付けられたおかげで前を向くことができ、屋敷の外で待機している馬車へと目指す。
玄関には、なぜかセピア様の姿があった。
「アイリス、来たか」
「ど、どうして公爵さ……セピア様が」
「私も王宮に用があってな。共に行こう」
セピア様はそう言って私に手を差し出す。
もう屋敷にいないと思っていたため、こうして会えて嬉しい。
「はい!」
セピア様を見ると一気に安心感に包まれたから不思議だ。
「赤も君に似合っている。華やかで美しい」
「あ、りがとうございます……」
油断した。
つい安心して気を緩めてしまったけれど、こうして直接言葉を交わすのはあの夜以来初めてだったことを思い出す。
早速甘い視線を向けられ、咄嗟に俯いた。
「最近、君に避けられていると思っていたが、私の勘違いだったようで良かった」
ギクリと肩が跳ねる。
どうやら避けていたことがバレバレだったようだ。
「セピア様を避けるだなんてそんなことは……!」
「ああ、私の思い違いだったようだ。こうして君に名を呼ばれて嬉しい」
セピア様と呼ぶだけで喜んでくれるなんて……嬉しそうな姿が可愛い。
いくらでも呼びます! と言いたくなった。
セピア様にエスコートされながら馬車へと乗り込む。
久しぶりにセピア様と二人きり……途端に緊張してしまった。
「緊張しているのか」
「はい……セピア様とこうしてお話するのは久しぶりなので」
「私に対して緊張を? てっきり今日のお茶会についてだと……」
「あっ」
あまりにセピア様を意識しすぎて、つい本音を口走ってしまった。
「わ、忘れてください!」
「どうしてだ?」
この状況を楽しんでいるのか、セピア様が意地悪そうに笑いながら私の髪に手を添える。
「そ、ういうところですよ! 最近のセピア様、少しおかしいです! これまで私のことを妹のように接してくださっていたのに、今は……」
もし自惚れだったら恥ずかしく、その言葉の続きは口にできなかった。
「私が君を、妹のように接していた?」
「はい。セピア様の妹さんと私が重なって、今まで優しく接してくれていたんですよね……?」
セピア様と初めて出会ってから何かと気にかけてくれた理由はそれ以外考えられない。
「君はそう思っていたのか」
「違うのですか……?」
ここで否定されてしまったら、家族のように思ってくれていたと勘違いした自分がとても恥ずかしいのだけれど……だって、セピア様が最初から私のことを好いていたとは思えない。
「確かに、最初は妹と重ねていたかもしれないな」
「やっぱりそうだったんですね! 最初は妹さんと……最初は」
最初? と疑問に思う。
まるで今は違うとでも言いたげだった。
「き、今日はどういった御用で王宮に行かれるのですか⁉︎」
これ以上聞いてはいけない気がして、急いで話を変える。
「国王陛下に召されてな。本当は君に付き添いたかったんだが……すまない」
国王という言葉に少し気分が沈む。
セピア様が忠誠を誓っているのを見ると、胸が痛んだ。
「謝らないでください。私一人でも大丈夫ですので!」
「そうか」
セピア様を安心させるために笑う。
本当は国王のことをあまり信用しないでほしいと言いたかったけれど、その気持ちをグッと堪えた。
「アイリス。もしお互いの用が終わった後に時間があれば、君に会って欲しい人がいるんだ」
「私に、ですか?」
セピア様が会って欲しい人とは誰のことだろう。
信頼している部下とか?
「わかりました! ぜひ私に紹介してください」
「ありがとう」
「楽しみにしてますね」
いったい誰だろうと思いながら、私たちは王宮入りした。




