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20.知りたくて③

「アイリス、眠っていたはずでは」

「そ、れは……目が覚めて散歩していたらたまたまここを通りかかりまして! それより公爵様、私に参加させてください!」


 寝ている姿を見られていたことを思い出すのは耐えられず、すぐに話を変える。


「茶会のことか? 君が気にすることはない」

「わかりました……公爵様は、私が婚約者として世に出るのが恥ずかしいのですね……確かに礼儀作法も全然できない愚か者なので、そう思われて当然ですよね」

「なっ、それは違う! 私はただ、君が危険な目に……ああ、誤解させてしまってすまない」


 慌てたように否定した公爵様は、一旦息を吐いた後に立ち上がり、私のそばにきて謝罪した。

 そんな謝られたら、私が悪いことをした気分だ。


「一度座ろう。彼女に飲み物を用意してくれ」

「かしこまりました」


 公爵様は執務室の中央にあるソファに移動し、私も隣に座るよう誘導する。

 前まではこういう場面だと、テーブルを挟んで向かい合って座っていたはずなのだけれど……あまり気にしないことにして隣に腰を下ろす。


「まず今回の招待主は聖女だ」

「えっ……⁉︎」


 王宮で開催とのことで、てっきり王族の誰かが主催なのかと思いきや、まさかのビリジアンらしい。

 それで大体察した。なるほど、公爵様はとても気遣ってくれたようだ。


「神殿と王室は親密さを知らしめる目的も含め、今回王宮を貸すことにしたのだろう」

「でしたら尚更行かねば……」

「まさか今までの聖女にされた仕打ちを覚えていないわけではないな?」


 よく覚えていらっしゃるようで……確かに今までたくさん虐げられてきたけれど、今はもう立場が違う。


「忘れたのですか? 私はもう公爵様の婚約者なのですよ」

「それでも心配なんだ。すぐに駆けつけられたらいいのだが……」

「私はこう見えて強いのでご心配なく! それに、もし何かあって落ち込んでいたら、その時は慰めてくれますか?」


 私の問いに、公爵様は折れたように息を吐いた。


「くれぐれも無茶はしないと約束してくれるか?」

「はい! もちろんです」

「そうか……わかった。では参加するよう伝えてもらおう。それから、スカーレット」

「はい、当主様」

「何があってもアイリスのそばから離れるな」

「承知いたしました」


 スカーレットはただの使用人なのに……むしろ私が守るべきでは? と思ったけれど、そんなこと言える空気ではなくやめた。


「それより公爵様、このような遅くまでお仕事ですか?」


 すでに日付が変わっているというのに……今の生活を続けていたら、いつか体を壊してしまいそうだ。


「眠気がなく、気晴らしに仕事をしていただけだ」

「眠たくなくてもベッドに入ってゆっくり休んでください。今日のお仕事は強制終了です!」


 公爵様は私を見てクスッと笑う。

 そんなかわいく笑ったって、絶対に折れてやらないんだから。


「毎日毎日仕事仕事……仕事以外で息抜きになることとかないのですか? 好きなこととか、趣味とか! まだまだお若いのですから、たまにはタガを外して遊んでもいいと思いますよ!」


 硬派な公爵様のタガが外れた姿なんて想像できないけれど……裏で悪いことをしている公爵様を思い浮かべてみる。それはそれで格好良いんだろうな。

 

「では君が付き合ってくれるのか?」

「はい! それはもちろん心ゆくまで……え? わ、私ですか⁉︎」

「そうだ。たまにはタガを外して遊んでもいいのだろう?」


 公爵様は指を絡めるように手を握ってきた。

 慌ててスカーレットに助けを求めようとしたけれど、いつの間にかスカーレットも執事長もいなくなっていて、公爵様と二人きりになっていた。


「待っ……そういう意味ではなくて! 遊びというのは、こんな……」

「遊びというのは冗談だ。ただ私の安らげる時間は、君がいないと成立しない。息抜きをしても構わないと君が言っただろう?」


 顔を近づけ、公爵様の空いている手が私の横髪を耳にかけた。

 それだけなのに、夜ということもあってか色っぽくて胸の高鳴りが止まらない。すでに心臓が危うい。


「ふっ、真っ赤だ」

「なんだか今日の公爵様、変です……! 今すぐお休みになられた方が良いのでは」

「いちいち反応がかわいいんだな」

「……ひゃっ⁉︎」


 公爵様はそう言って私の額にキスを落とす。

 それだけで過剰に反応してしまったのは、目の前の彼に全ての意識が向いてしまっているからだろう。

 手の甲にキスはあったけれど、それ以上のキスは初めてで色々ともたないのですが……!


「こ、公爵様……」

「ひとつ、気になったんだが」


 公爵様の指が私の唇に添えられる。

 まるで静かに、とでも言うように。


「いつまで私のことを『公爵様』と呼ぶつもりなんだ? 婚約関係にあるにもかかわらず、他人行儀ではないだろうか」

「……っ、」


 その指が離れることはなく、唇の形を確かめるようになぞられた。

 離してくれない限りは発言できそうにないけれど……今はそれよりも他に意識を逸らすことに必死だった。


「アイリス、君はどう思う?」


 徐々に公爵様との距離が縮まり、私は逃げるように仰け反った結果、気づけば公爵様が私を覆う形になっていた。


「公爵様の、名前を呼べと仰るのですか……?」

「嫌か?」


 嫌ではないけれど……公爵様を名前で呼ぶなど恐れ多い。それ以前にまずは解放してほしい。

 公爵様が近過ぎて緊張のあまり頭がうまく働かず、受け答えもまともにできていない気がする。


「い、嫌ではありませんが、とりあえず一旦離れていただけませんか!」

「そう言って逃げるつもりだろう」


 公爵様は私の反応を見て楽しんでいて、解放してくれそうにない。

 こんな迫り方をされる日が来るなんて……!


「逃げません! なので、ひとまず距離を……」

「アイリス」


 私の名前を呼ぶ甘さの含んだ声に胸が高鳴り、思わず顔を背ける。

 あえて返事をしなかったのは、危険を感じたからだ。


「目すら合わせてくれないのか」

「こ、公爵様……これ以上は」

「うん? 聞こえないな」


 うそ、絶対に聞こえてる。

 これはもう、そういうことだろう。自分の求める結果が出るまで、こうして私を攻め続けて……もちろん私に勝ち目などない。


「せ、セピア様! 色々と限界なので離れてください……!」


 まさか公爵様を名前で呼ぶ日が来るなんて。

 少しの沈黙の後、公爵様はクスッと笑ってようやく私から離れてくれた。


「残念だが、今日はここまでのようだな」


 今日はってことは……明日からこれ以上の攻めが待っているのだろうか。

 それはどうして? 私たちの関係に愛はないはずなのに。


 ふと、ある考えが頭に浮かんだけれど、それはあり得ないと心の中で否定する。

 だってそんなはずがないだろう。

 公爵様が私を好きかもしれない、なんて──



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