2.出会い
私と公爵様の出会いは二年ほど前。
クラレット様の眠る墓地に訪れた時だった。
「君だけが今もここに来ているんだな」
「……え」
じっとクラレット様の名が刻まれた墓石に目を向けていると、突然声をかけられた。
その人物がまさに公爵様だった。
「一年も経てば民も貴族も、神殿の者ですらここに来なくなった」
公爵様の言う通り、亡くなった当初は連日多くの人々が泣きながら訪れていた。
しかし時間が経つに連れ、その数は減少し続けた。一年が経つ頃にはもう、私と公爵様しか来ていなかったのかもしれない。
きっと、クラレット様の死を嘆く自分に酔いしれている人たちばかりだったのだろう。
この頃からはすでに新たな聖女の誕生はまだかと待ち望んでいる人たちばかりだった。
「ロドリアン公爵様にご挨拶申し上げます」
「挨拶は良い。今日はクラレット様に会いに来たのだろう」
この時からすでに公爵様のことは知っていたし、何度か神殿に足を運んでいた姿も見かけていた。
なんでも、公爵様が一番神殿に寄付しているようだ。
公爵様は私の隣に立ち、墓石に視線を移す。
綺麗な横顔からは、感情が読み取れない。公爵様はどういう思いでここに来ているのだろう。
「私以外に来られていたのは公爵様だったのですね」
私以外にも聖女様に会いに来ている人がいるというのは、供えられた花や墓の状態を見て知っていた。
その正体をこの日に初めて分かったのだ。
それが少し嬉しかった。私以外にも、クラレット様のことを忘れていない人がいる……その事実を知ることができて。
公爵様とはそれ以上会話をすることはなく、最後に別れの挨拶だけした。
まさか公爵様と会話をする日がするなんて思いもしなかったけれど、このような機会はもう二度とないだろう。
もし神殿で見かけても、きっと話すことはない──そう思っていたけれど、偶然は続いた。
次に会ったのは神殿で一人、雑用を押し付けられていた時だった。
「ほんっとに最悪! この量の洗濯をどうやって終わらせろっていうの! いっそのことお尻の部分を破いてやろうかな」
とても聖女候補がやるような仕事ではなく、苛立ちながら乱暴に洗濯を干していた。
「あっ……!」
その時に服が手から滑り落ち、慌てて振り返ると……なぜかそこにいた公爵様の顔に直撃していた。
「こ、公爵様……⁉︎」
公爵様がゆっくりと洗濯物を手に取ると、髪が少し濡れて乱れていた。
さすがの私もこれには肝を冷やしたものだ。
「こ、これは公爵様……お久しぶりですね」
頭が真っ白になり、反射的にお客様を出迎えるように笑顔を浮かべてしまう。
「……ほう、ここまで取り乱さない者は初めて見たな」
「……っ、もっっっうしわけございません!!!!」
私を見下ろす公爵様の、まるで殺人鬼のような顔といったらもう怖かった。
視線で殺されるのではないかと本気で思った。
「この量を全て一人でやるのか」
「……え」
これは殺されると思った私は勢いよくスライディング土下座をしたけれど、公爵様は私を怒ることも罰を与えることもなかった。
土下座する私と視線を合わせようと膝をつき、そう尋ねられた。
「まあ、そうですね」
「とても聖女候補がやる仕事ではないと思うが……押し付けられたのか」
「さすがは公爵様、鋭いですね!」
私は公爵様に無礼を働いたというのに、笑顔で返してしまう。
しまった……! と思ったけれど、公爵様は表情を変えることはなかった。
「君は強いんだな。泣くどころか、服を破こうとしていたくらいだから」
「き、聞いていたのですか⁉︎」
まさか一番恥ずかしい部分を聞かれていたなんて。
顔が熱くなっていると、公爵様はふっと微笑んだ。
その笑みは冷たい雰囲気を和らげ、ドキッと私の胸を高鳴らせた。
「ところで、ここにはどのような御用ですか?」
その笑みをいつまでも見ていたくなったけれど、恥ずかしさに耐えきれずに話題を変えた。
ここは神殿の者が過ごすエリアになっていて、公爵様のような高貴な人が過ごす来客用の部屋は違う場所にある。
何か意図があって来たのだろう。一刻も早く話題を変えたくて聞いてみたけれど、公爵様は眉を顰めて黙ってしまい、質問してはいけない内容であることを察した。
「ま、迷ったんですね! 良かったらお部屋までご案内いたします!」
「……ああ、頼む」
こうして私は公爵様と話しながら部屋に案内し、その姿を見た神官が私にお世話係を任せたのだった。