19.知りたくて②
「申し訳ありません」
「そんな、スカーレットが謝るようなことでは……」
「実は私、最初はアイリス様を疑っていたのです。何か目的があって当主様に近づき、婚約者の座を手に入れたのではないかと。しかしそれは私の愚かな勘違いでした。心からお詫び申し上げます」
「それは公爵様を心配している証でしょう? だから謝らないで」
むしろ公爵様のことを大切に想っている人がいて嬉しいくらいだ。
「アイリス様……ありがとうございます」
「私の方こそいつもありがとう」
ニコッと笑えば、スカーレットは涙ぐみながら微笑み返してくれた。
「なんだか今、すごく公爵様に会いたいなあ……待っていたら会えるかな?」
「私もお付き合いいたします」
「本当? ありがとう、スカーレット」
昨日王都に出かけてたくさん一緒にいたはずなのに、まだまだ足りなかった。
もっと公爵様のことを知りたい。
クラレット様との関係性だけでなく、公爵様の幼少期の話とか、思い出話もたくさん聞きたい。
そうして今日も私は、公爵様の帰りを待つことにした……けれど。
「……はっ!」
夜になって目が覚めると、私はベッドに横になっていた。
勢いよく起き上がり、近くに控えていたスカーレットに慌てて声をかける。
「スカーレット! 公爵様は⁉︎」
「すでに日付が変わっており、旦那様も家に帰っておいでです」
「そんな……うっかり寝ていたなんて恥ずかしい」
寝ないようにソファに座り、頑張って起きていたはずなのに……眠気に負けて寝てしまった己を恥じる。
そもそもどうやってベッドに移動したのだろう。
「スカーレット…‥もしかして私、寝ぼけながらベッドに移動していたりする?」
「いえ。アイリス様はソファで眠られておられました」
「あれ、じゃあどうやってベッドに……まさかスカーレットが⁉︎」
「実は私も悩んだのですが、アイリス様を起こしてはいけないと思い諦めました」
小柄なスカーレットに私を運ばせるという酷なことをされなくて良かった……運ぼうか悩んでいたスカーレットに突っ込みたいところだったが、それ以上に解きたい疑問があった。
「え、じゃあいったい誰が……」
その時、スカーレットが意味深に笑って嫌な予感がした。
そういえば公爵様はすでに帰っていると言っていたけれど……まさか、そんなはずはないだろう。
「公爵様は今どちらに?」
「おそらく執務室で仕事をされているかと思います。今日もアイリス様を見て元気をもらっていたご様子だったので」
「……ちょ、ちょっと待って? スカーレット、今なんて言った……?」
スカーレットは先ほどから嬉しそうに笑っていて、嫌な汗が流れる。
「今日もアイリス様を見て元気をもらっておいででした」
「私を見て……って、いつ?」
「当主様が家に帰ってきてからです」
「どこで⁉︎」
「もちろんアイリス様の部屋を訪れて……やはり気づいておられなかったのですね。当主様は毎晩、アイリス様に会いに来られていますよ」
「い、いやあああ……!!」
穴があったら入りたい。
毎晩公爵様は私の部屋に来て、寝ている姿を見られていた……⁉︎
「お願いスカーレット、嘘だと言って!」
「当主様はアイリス様を見る度、それはもう幸せそうに微笑んでおられます。今日は頑張って起きようとしていたことを話したら、嬉しそうにしながらアイリス様をベッドにお運びに……」
「それ以上は何も言わないで! 恥ずかしいから!」
公爵様に寝ている姿を見られた上にベッドまで運ばれたなんて……私、酷い顔をしていなかっただろうか。引かれていたらどうしよう。
第一、寝ている姿を盗み見するのはどうかと思う。
「も、もう怒った! 今から公爵様に文句を言いに行く!」
怒りを理由にしたけれど、本当は公爵様に会いたいから……というのはあえて口にしない。
すぐに準備をして、スカーレットと共に公爵様の場所へと目指す。
公爵様はやはり部屋ではなく、執務室にいた。
「本当に断ってよろしいのですか?」
ノックをしようとした時、ドア越しに聞こえてきた執事長の声に手を止める。
何か深刻そうな声で、何があったのかと不安になった。
「ああ、構わない」
「しかし今回は王宮で行われるお茶会で……」
「私の話を聞いていなかったのか?」
ドスの効いた声に空気がピリつく。
顔を上げてスカーレットに目を向けると、彼女は気まずそうな顔をしていた。
何かを知っていそうな表情だ。
「相手の魂胆は筒抜けだろう。もし彼女が参加したらどうなるか、わからないのか?」
「私が軽率でした。申し訳ありません。では不参加ということで……」
「参加したいです!」
今の会話を聞いてある程度理解できた。
私宛に王室で行われるお茶会の招待状が来ているが、公爵様が私の心配をして断るように伝えているのだろう。
私を心配してくれるのはありがたいが、さすがに王室でのお茶会を断ると公爵家の名に傷がついてしまうかもしれない。
それを執事長も心配していたはずだ。
もちろん私はそうなることを望んでいない。