17.初デート⑤
「あの、公爵様と」
クラレット様はどのような関係だったのですか?
そう口にする前に、誰かの声が私の言葉を遮った。
「おお。もしやロドリアン公爵か?」
その声は私の知っている人物のもので、全身から血の気が引くような感覚がする。
公爵様が先に振り返り、挨拶をした。
「国王陛下にご挨拶申し上げます」
公爵様が敬意を表し、跪く相手はこの国で王族のみ。
そう、私の視線の先にいるのは……クラレット様を苦しめ、聖女の力を搾取し続けた憎き相手である国王だった。
優しそうな見た目で民から聖君として支持を集めていたが、中身は極悪非道なクソ人間だ。
「まさか公爵も来ていたとは偶然だな。クラレットも喜んでいるはずだ」
「私よりも陛下にこうして足を運んでいただけて、クラレット様もお喜びのはずです」
「そうかそうか。クラレットが亡くなってから、ずっと彼女のことが忘れられなくてな。こうして会いに来たんだ」
どの口が言っているのだ。
散々クラレット様を苦しめた張本人だというに。
「ところで……そこの娘が、公爵が話していた娘か?」
「はい。私の婚約者のアイリス・ナディットです」
公爵様に肩をポンと軽く叩かれ、ハッと我に返る。
「国王陛下にご挨拶申し上げます」
「そうかそうか、これはめでたい。公爵夫人の座が空席のままで不安に思っていたところだ。昔から女性に興味がなさそうだったからな。確かアイリス嬢は、男爵の出だったかな?」
私に関する情報をすでに調べられているのだろう、全て見透かされているようで気持ち悪い。
「はい、陛下」
「どうやら暮らしが厳しいとか……おかしいな。アイリス嬢は神聖力を持っているから、神殿に入っただろう? その時に一生暮らせる分の報奨金は渡したはずなのだが」
「申し訳ありません。神殿に入ってから一度も男爵家とは連絡を取っておらず、把握しておりません」
「そうか……では今度、公爵と会いに行くといい。きっと喜ぶだろう」
その様子だと、家族に喜んで捨てられたことも知っているはずだ。
もし公爵様と会いにいけば、きっと金銭を要求されるに違いない。意地汚い人たちだから。
わかっていて、それを口にするのは性格が悪い。きっと、公爵様の相手が没落寸前の貧乏貴族出身で、神聖力があっても上手く使えずに無能な私をよく思っていないのだ。
「これでアイリス嬢が聖女であれば良かったのだがな」
嫌味ったらしい言い方に吐き気がする。
何も言い返せず、ギュッと口を閉じた。きっとクラレット様以来の聖女が現れず、焦っているのだろう。
八つ当たりも良いところだ。
「もう少し遅かったら、余が公爵の相手として新たに誕生した聖女を紹介していたのだが残念だ。今からでもどうだ?」
「申し訳ありません。もう相手はアイリス嬢だと心に決めておりますので」
「そうか……まあ無理強いはしないが、心変わりした時はいつでも話してくれ。怪我をさせたから結婚するなんて、責任感の強い公爵らしいな。いっそのこと、彼女を側室にして聖女を正室に……」
「このような場所で話す内容ではないかと」
「それもそうだな! ではまたの機会に。ああそうだ、公爵が神殿で捕らえてくれた人物だが、やはり裏切り者で他国のスパイであった。さすがは公爵だ。しかし公爵自ら神殿で捜査してくれたようだが、別に部下に任せても良かっただろうに」
「いえ。陛下を裏切る膿は私自ら取り除きたかったのです」
「そうかそうか! 頼もしいぞ公爵!」
ズン、と国王の言葉が重くのしかかる。
公爵様に私はふさわしくないから、いっそのこと側室にして……と本人がいる前でよく言えたものだ。
公爵様ははぐらかしてくれたけれど……国王に忠誠を誓っているのが見てわかる。
ここ数年、公爵様が何度も足を運んでいたのはこの国の裏切り者を探すため。それは国王のためで……裏の顔と表の顔を使い分けるのが上手い国王のことだ、公爵様の前でも聖君を演じているのだろう。
きっと公爵様は、クラレット様が国王にどれだけ苦しめられてきたことを知らない。
知らない方が良いのかもしれない。公爵様とクラレット様の関係性はわからないけれど、大切に想っているのはわかる。忠誠を誓った相手が、大切な人を傷つけ、苦しめてきたと知った時、きっと公爵様は自分を責めるだろうから。
国王は形式的な墓参りをした後、すぐに帰っていった。
私たちも長居することなく、馬車に乗って家に向かう。
国王と初めて言葉を交わした。
あいつが、クラレット様の……大切な人の命を奪った極悪人。
それはクラレット様と神聖力のコントロールの特訓をしている時、突然彼女の元に訪れた国王との会話を聞いたことで知った。
咄嗟に私はクローゼットの中に隠れて、二人の話を聞いていた。
『貴方が私の夫と子供を殺した!』
『余ではないと何度も話しているだろう。クラレット、そなたが無力なせいで死んだのだ』
悲痛な叫びだった。
けれど国王は悪魔のような笑みを浮かべてそう言い放ったのだ。
国王はクラレット様の夫と子の命を奪った人間。
国王が帰った後、クラレット様は私に話してくれた。声が枯れても泣き続けながら、苦しみを打ち明けてくれたのだ。
正直、私が聖女と名乗り出ないことで少しは国王の首を絞められれば……と思っていたけれど、それは無意味に終わった。
なぜなら公爵様が魔導士団を率いて前線で戦い始めてから死者の数は減っていき、クラレット様の死後、未だに死者が出ていないと聞いていた。
少しの復讐も敵わなかった無力な自分。たとえ本当に聖女の力を持っていようが、無能であることに変わりない。それが少し悔しい。
クラレット様……何もしてあげられなくてごめんなさい。
私はただ、クラレット様に教えられた通り、聖女の力を隠して静かに生きていくしかない弱い人間だ。
思わず泣きそうになったけれど、公爵様にバレないよう落ち着くまで馬車の外に視線を向けていた。