16.初デート④
「あそこ、すごい大盛況ですね! えーっと、オパール帝国で人気のラム肉の串焼き……あれ、その国って公爵様の妹さんが嫁いだ国じゃありませんか?」
何度か公爵様から聞いたことのある妹さんの話を思い出す。
近隣国であるオパール帝国に嫁入りし、現在は皇后になったはずだ。
「ああ、そうだ」
「せっかくなので食べませんか? ラム肉ってどんな味なんですかね」
この人だかりを見るに、王都でも人気であることは確かだ。
公爵様と並んで買おうと思ったけれど、並んでいた人たちが慌てたように退いて順番を譲られてしまう。
視線の先には怯えた店主が無理に笑顔を作り、『い、いらっしゃいませ……』と震えた声で出迎えられた。
周囲の視線はあっという間に私たちに集まる中、串焼きを一つ買う。
「想像以上に大注目……」
「アイリス、やはり馬車に戻ろう」
「嫌です。注目されてる今がチャンスなのですから」
笑顔で公爵様の提案を拒否し、代わりに串焼きを差し出す。
「これは?」
「食べてくださいという意味です」
以前公爵様にやられたことをこの場でやり返してみる。
もちろんこれには意味があって、食べさせ合うところを周囲に見せ、仲睦まじい婚約者だとアピールする作戦だ。
「はい、どうぞ!」
私が不敬な行いをしているせいで周囲が緊迫する中、公爵様は少し躊躇いがちに串焼きを食べる。
平然としているように見えるけれど、公爵様が恥ずかしそうに私から視線を外しているのがわかった。
最近、公爵様が可愛く見えてしまうのはきっとピュアな反応のせいだろう。
「ふふっ」
「何を笑っているんだ」
「申し訳ありません、照れている公爵様が新鮮で……」
「では次は君の番だな、アイリス」
「え、」
公爵様はその言葉と共にパッと串を奪い、嫌な予感がする。
「な、なるほど! それほど美味しかったのですね! 良かったらこのまま全部食べてくださいませ!」
「私はもう満足だ。君が食べたがっていたのだろう? ほら」
公爵様の笑顔の圧が怖い。
思わず一歩退くと、公爵様は追い討ちをかけてきた。
「周りは私たちに注目しているが……ここで君に拒否されてしまえば、仲が悪いと受け取られてしまうだろうな」
「うっ……」
そんな風に言われて拒否できるわけがない。
怯えたように私たちを見ていたはずの人たちは、今はもう公爵様の笑顔に釘付けだった。
遠くからはこの笑顔の圧がわからないのだろう。
「わ、わざとやってませんか⁉︎」
「そうだ。こうすれば君は拒否できないだろうから」
「なっ……認めるのは、もっとタチが悪いのではないでしょうか……」
語尾が弱くなったのは、負けを認めた証。
大人しく公爵様に差し出されたラム肉を食べる。
「んっ、あっさりしていて美味しい!」
初めての味だったけれど、とても美味しくて人気なのも頷けた。
ここはもう感情を無にして味を楽しもうと思い、公爵様のことは極力意識しないよう心がける。
「あの、公爵様……」
「ん?」
とはいえ人前で食べさせてもらうのには限界があり、自分で食べようと思ったけれど……その優しい眼差しを前に何も言えなくなる。
そうして私はもう二度と、公爵様に余計なことをしないと心に誓った。
ようやく公爵様から解放され、出店まわりを再開する。
「もう腕は組んでくれないのか?」
先程と違って少し距離を取ったことで、早速指摘されてしまう。
どこか寂しそうな顔をされ、思わず公爵様の腕に手を添えた。
絶対にわかってやっている……けれど、そんな公爵様に弱い私も私だ。
けれど色々な表情を見せてくれるおかげで周りは既に公爵様に魅了されているようだし、これで良かったのだと思うことにした。
「拗ねてる姿も可愛いんだな」
「もうこれ以上は何も言わないでください……!」
一応怒っているつもりだったのだが、逆効果でむしろ恥ずかしい思いをさせられる。
公爵様ってピュアな反応をするくせに、どうしてさらっと『可愛い』なんて口にできるのだろう。
これはもう完全に私の負けだ。
このまま公爵様のペースに飲まれてはいけないと思い、出店に意識を向けていると、ある花屋に目がいった。
「……あ」
色とりどりの花が並ぶ中、私の視線はカスミソウの花に向く。
クラレット様が生前、好んでいた花だ。
そういえばここ最近、忙しない毎日でクラレット様に逢いにいけていない。
「公爵様……」
「ああ。この後、行こうか」
まだ何も言っていないのに、求めていた答えが返ってきて、思わず公爵様に視線を向ける。
公爵様の視線の先にもカスミソウがあり、言いたいことが伝わっているのだとわかった。
私たちは花を買い、馬車でクラレット様の元へと向かう。
もっと王都を観光しても良かったのだが、無性にクラレット様に会いたくなったのだ。
それにここ数日の怒涛の出来事を聞いてほしかった。
「クラレット様、お久しぶりです」
墓地に到着するなり、私はクラレット様の名を呼ぶ。
最近中々来られていなかったため、懐かしく感じた。
けれど墓の手入れはしっかりとされていて、公爵様がしてくれていたのだろうと思った。
そういてば、初めて公爵様に声をかけられたのもこの場だった。
もしかしたらクラレット様が、私たちを引き合わせてくれたのかもしれない。
慣れた手つきで公爵様はカスミソウの花束を供え、手を合わせる。
私も公爵様の隣で手を合わせた。
クラレット様。驚くかもしれませんが、実は私、公爵様と婚約しました。正直今でも信じられません。
それから公爵様が私を神殿から連れ出してくれました。だからもう私は大丈夫です。
伝えたいことがありすぎて困ったけれど、無事に伝えられたはずだ。
目を開けてチラッと横を見ると、公爵様はまだ手を合わせていた。
これほどまでにクラレット様を想っている公爵様を見て、二人はどのような関係だったのだろうと気になった。
過去にクラレット様の口から公爵様の名が出たことはなかった気がする。
ああ、けれど……名前こそ出さなかったが、私ではない誰かの話をしていたことを思い出す。
もしかしたら、クラレット様の話していた人物が──
ゆっくりと公爵様が目を開ける。
その綺麗な横顔を見つめながら、私は口を開いた。




