14.初デート②
「行こう、アイリス」
この状況が慣れてしまっている公爵様は、私を連れて歩こうとしていた。
けれど……平気そうな顔をしながら、きっと傷ついている。
そうでないと、私に対して窮屈な思いをさせるからと謝罪なんてしないだろう。
「やったあ! アイスだあ!」
「こら、待ちなさい!」
頭を下げる人たちの横を通り過ぎた時だった。
小さな子供がアイスを片手に前を向かずに走っていて、公爵様の足とぶつかった。
「わっ……!」
「アクア!」
アイスは不運にも公爵様のズボンについてしまい、子供は顔をあげて公爵様を見るなり泣き出してしまう。
すぐに母親らしき人が飛んできて、子供を守るように抱きしめた。
「も、申し訳ございません……! 罰は私が受けますので、どうかこの子だけは……!」
まるで今すぐにでも公爵様が手を下すような言い方。
恐らくそれが当然の状況だと誰もがそう思っている。
「アイス、残念だったね」
気づけば私は子供に視線を合わせるように屈み、声をかけていた。
「ごめんなざい……アイス、ぶつけて……僕……」
「ちゃんと謝れて偉いね! 君は怪我、してない?」
私の言葉は耳に届いているようで、子供はコクコク頷く。
「そっか、怪我がなくて良かった! 公爵様もこの通り大丈夫だから安心して? ね、公爵様!」
「……ああ」
たったその一言だけで、空気はさらに冷え、子供もその母親も恐怖で肩を跳ねらせる。
「ちゃんと前を向いてないと危ないから気をつけるんだよ? 今回はぶつかった相手が公爵様だったから良かったけど」
「許してくれるの……?」
「ちゃんとごめんなさいできた子には、公爵様も怒らないよ。とても優しい人だから」
グイッと公爵様の袖を引くと、察したように私と同じように屈んで視線を子供に合わせてくれる。
そこまでは良かったが、なぜか公爵様は子供をじっと見つめたまま黙ってしまった。
「公爵様、何か一声かけてあげてください」
限りなく小さな声で公爵様に伝えると、ハッとした様子で慌てて口を開く。
「私は大丈夫だから気にしなくていい。それより……これで買い直すと良い」
その声は私に向けられたものと違い、どこか冷たさが感じられたけれど、公爵様は子供がまたアイスを買えるようお金を渡し、反応を見る前に立ち上がって私の手を引いた。
「ここにいては目立つ。行こう」
「あ、はい……!」
素っ気ないとはいえ、公爵様らしい対応だなと思った。
その後公爵様とやってきたのは、王都で絶大な人気を誇る有名な服飾店だった。
中に入ると従業員の姿しかなく、全員に頭を下げて出迎えられた。
「お待ちしておりました。ロドリアン公爵閣下」
「堅苦しい挨拶はいい。彼女に合うドレスを見繕ってくれ。金額や数は問わない」
「えっ、公爵様……あの、まずは公爵様の服を!」
公爵様のズボンの裾はアイスで汚れていて、早く着替えた方が良さそうだ。
「私は構わない。君がドレスを見繕ってもらっている間に私も服を選ぶ」
「待っ……」
「それではご案内いたしますね」
けれど私は公爵様の指示で従業員たちに別室へと連れていかれ、何着ものドレスを着させられた。
そのお店のオーナーの基準で、私に似合うと思ったものはどんどん購入側に区別されていき、両手ですら数え切れないほどのドレスがそこに並んでいた。
「こ、こんなに必要ありません……!」
「あら、それは困りますわ。公爵様にはたくさん揃えるようにと命を受けましたので、逆らうと罰せられてしまいます。どうかご了承ください」
「公爵様はそのようなお方では……!」
「ええ、存じ上げております」
その一言に思わず顔をあげる。
オーナーはニコッと微笑み、言葉を続けた。
「本当は私も噂を間に受けていた愚かな人間でしたが……公爵様が直接ドレスを見繕ってほしいと相談しに来てくださったのです。権力を奮うことなく、それはもう一途な想いが伝わってきて、ぜひと思い快く引き受けたのです。なので今日はアイリス様を美しく際立たせるドレスをたくさん選んで差し上げますからね!」
公爵様のことをわかってくれる人がいる。
その事実に喜びたいところだけれど、オーナーの言葉の意味が気になってそれどころではなかった。
「あの、今……公爵様が直接相談って言いませんでしたか?」
「その通りでございます。三日ほど前に相談しに来られました。私は喜んで貸し切れるよう手配したのです」
三日前……じゃあ公爵様は事前に私とデートする計画を立てていたってこと⁉︎
「本来は別日の予定だったのですが、急遽今日に変更になったそうですね。急ぎご連絡をいただきましたわ」
その言葉にギクッとする。
もしかして、私が今日外出したいとわがままを言ったばかりに、公爵様のデート計画を潰してしまったんじゃないかと思った。
「公爵様にもこのお店にも多大なるご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
「あら、ご心配なさらないで。私はむしろ公爵家と縁ができ嬉しく思っておりますので」
オーナーは本当に嬉しそうでニコニコしていた。
とはいえ公爵様にも迷惑をかけたのは事実。
前々から計画していたのだと思うと、嬉しいけれど申し訳なさが勝った。
「なので今日はたくさん見繕いますのでお覚悟を」
怖いくらいの笑顔に若干押されつつ、その後もドレス選びは続き、本当にこの量全てを購入していいのかと思うほど積まれていた。




